Whimsically.

夜の光は輝いてミエる。

 不思議な関わりを持つ者達が住まうましのわ荘。
 そこに周囲の雰囲気にそぐわぬ赤いフェラーリが一台、駐車可能スペースに入り込んで来た。
 彼らはここの住人の客だった。
「へぇ。結構いい雰囲気の場所に住んでんだな。都会とは思えない落ち着きがある。」
 そう言いながら運転席から降りて来たのは短くした紅い髪をはねさせ、覗く片目も紅い、車に似合った派手な男だ。
「うん。ここは心がほっとする、とってもいい場所だと思うよ。」
 助手席から降りて来たのは、こめかみだけを長く伸ばした独特の髪型で、先程の男と同じ紅い髪、紅い隻眼の少しおっとりした様子の青年だ。
 二人は雰囲気で誤魔化されがちだが、色合い以外も非常に似通っている。それは、二人が双子である証拠のひとつだ。
「さて。芳樹達が待ってんだろ?部屋どこだっけ?」
「うん。こっちだよ。」
 そしてふたりはましのわ荘へと脚をのばした。

***

「よう!待ってたぜ、アル、アゼル。」
「久しぶりだな、アルさん、アゼルも。」
 出迎えてくれたのは、部屋の主である黒髪灰目の男らしい青年芳樹と、その双子の片割れ灰髪黒目の和樹だ。
 このふたりも色合い以外そっくりである。それは、紅い二人、芳樹の恋人アルディとその兄アゼルよりも顕著だ。
「芳君、会いたかった。和君も元気だった?」
「直接会うのは久しぶりだな、芳樹、和樹。元気だったか?」
 アルディはぽすんと、芳樹の胸に飛び込み、嬉しそうにしている。そして、そこから覗くようにして和樹にも声をかける。
 アゼルは傍らに荷物を持ち、空いた片手を軽く上げて二人と挨拶を交わした。
「俺もだよ、アル。アゼルも久しぶりだな。」
「あぁ、元気だったぜ。そっちこそ仕事忙しそうだが、大丈夫か?」
 芳樹はアルディの腰に手を回して部屋の中へと促し、和樹はアゼルの荷物を持つのを手伝っている。
「お陰様でウチのブランドも盛況だ。この仕事もあったから、少しバタ付いたがな。」
 ニヤリと荷物を示して返すアゼルに、アルディは少し顔が赤くなっている。
「?"この仕事"……?」
 芳樹・和樹が聞き返すと、アゼルは楽しそうに部屋に上がり込んだ。
「まぁ、見てのお楽しみさ。……っと。あ、和樹、それもこっち置いてくれ。」
「おう。」
「アル、コーヒーでも淹れようか?」
「あ、じゃあ僕が淹れるよ!」
「そうか?じゃあ一緒にキッチンに行こう。」
 そして、四人は和気藹々ととりとめのない話をして過ごした。

***

「そろそろ夕暮れ時だな。」
 アゼルが窓の外を見て呟いた。
「ああ、そうだな。……そういえば、今日はそこの神社で夏祭りがあるんじゃなかったか?」
 皆が窓に視線を移し、和樹が思い出したように夏祭りの話題を持ち出した。
「ああ。これからアルと一緒に行く約束だ。なぁ?」
「う、うん。それでね、芳君……。」
「ん?」
 恋人同士が甘い雰囲気を出し始めたのにアゼルと和樹は生ぬるい視線を送りながらも、大人しくアルディの言葉を待った。
「アーシャに頼んでお揃いの浴衣作ってもらったんだけど……一緒に着てくれる?」
「浴衣?……ああ、あの荷物は浴衣だったのか。」
 芳樹は思い出したように部屋の隅に置かれた荷物に視線をやり、少し恥ずかしそうに見つめているアルディに笑顔を見せた。
「もちろん。アルがせっかく用意してくれたんだ。着ないわけがないだろう?」
「芳君……!」
「……作ったのは俺なんだけどな。」
「……くっ!」
 アルディと芳樹が二人の世界を作っている中、アゼルがぼそっと呟き、それを隣で聞いていた和樹が思わず笑っていた。
「さてさて、じゃあ、いちゃこくのは後にしてさっさと着付けてしまうぞ。」
「はぁーい!」
「いちゃこくって……。」
 アゼルが手を鳴らし立ち上がると、アルディは素直に返事を返し、対して芳樹は苦笑を漏らしていた。
「はい、じゃあ、順番にこっち。」
 そして、アゼルは手馴れた手付きで着付けていった。

***

「へぇ……。なんていうか、洋風だけど風靡、みたいだな。」
「俺らの顔立ちで純和風のデザインじゃ浮くからな。芳樹もガタイでけぇし、こっちのが似合うだろ。」
「確かに。」
 アルディが着た浴衣は、半身は紅、もう半身は黒地の布に、洋風のモチーフを和風にアレンジした絵柄で構成されている。
 帯は燻し金だが、不思議と全体的に落ち着きを持った風情になっている。
 芳樹の方のは、布地は深い紺のグラデーションにアルディと同じ柄だが、こちらはひとつひとつの柄が大きく描かれている為、色は地味でも人目を惹くデザインだ。
 そして帯は派手さを抑えた銀色で組み合わせてある。
 どちらも品の良さを残しつつ、先進的な見栄えで、着る者達の様相も合間って、良い意味で目立つ出来合いとなった。
「着心地もいいし、デザインも綺麗。芳君とお揃いだし、嬉しい!ありがとね、アーシャ!」
「ああ、そうだな。よく似合ってるよ、アル。アゼル、俺からも礼を言うよ。ありがとう。」
「いーえ。」
 アゼルが冷めた目をしているのに気づいているのかいないのか、相も変わらずアルディと芳樹が二人の世界を満喫している――アゼルに言わせれば、いちゃこいている――と、苦笑気味に様子を見ていた和樹が疑問を漏らした。
「それにしてもアゼル、和裁も出来たんだな。」
 アゼル・アルディ双子に日本人の血は四分の一しか流れていない。しかも、それぞれイタリアとフランスの育ちで日本に住むようになったのはここ数年の事だ。アゼルに和裁を学ぶ機会はそうは無かっただろう。しかし。
「ああ、今度うちのブランドでも着物や浴衣も取り扱う事にしたんだ。世界の中でも結構ニーズはあるからな。そのついで、というか副産物というか。まぁ、そういう訳で最近和裁を覚えたんだよ。」
「そうだったのか。」
 アゼルは服飾のプロだ。モノにしようと真剣に学べば、それは確実に身になっていく。
 その結果がこの二人だ。
「成程。俺もたまとお揃いで作って貰おうかな。」
「ああ、これから本格的に作るとなれば、いい品も入ってくるだろうからな。いいモノが作れる。特別価格でご提供するよ。」
「やっぱり、金は取るんだ。流石にプロだな。」
「まぁ、材料費だけでも馬鹿にならないからな。でも、仕事の合間を縫って作るのでいいなら原価でいいよ。デザイン料やオーダー料はなし。友人から金をふんだくるのは趣味じゃないんでね。」
「ふんだくるって。」
 アルディと芳樹が二人の世界を作っているのをいいことに、アゼルと和樹は軽口を交えて話を進めていた。その中でも、和樹はアゼルの"ふんだくる"という言い草がツボを突いたのか、少々大げさに笑っていた。
「さて、じゃあ、俺はお暇するかな。ここにいてもあっまい空気に当てられるだけだし。」
「確かに。俺もたまの所に行くかな。」
 アゼルが帰り支度をしていると、やっと二人の世界から脱出してきたらしいアルディと芳樹が声をかけてきた。
「アーシャ、もう帰っちゃうの?」
「もう少しゆっくりしていってもいいんだぞ?」
 アルディがたたたっと、アゼルの元に寄り、小首をかしげて尋ねてくる。この歳になってもその動作が違和感を伴わないのは人徳というものだろうか。
 芳樹の方も少々放置しすぎたのを気にしてか、引き止めるようにアゼルと和樹に声をかけた。
「いや、主人の居ない部屋で寛いでいくのも変だろ。それに、十分楽しい時間を過ごさせてもらったよ。あとは自分の時間にする。」
 アゼルはぽんとアルディの頭に手を乗せ、目線は芳樹に向けて告げた。こうしてはっきりと言葉にする所は外国育ち故か、性格からくるものか。おそらくはどちらもだろう。
「俺も、ここでアゼルと二人でいるより、たまと二人っきりのがいいしなあ。」
「そうか……。」
「そっかぁ。じゃあ、仕方ないね。二人共、楽しい時間をっ!」
 話が着いたのを見計らって、アルディは機嫌良さげに芳樹の元へ戻り、きゅっと腕に抱きついた。
「ああ、お前らもな。」
「芳樹もアルさんも夏祭り、楽しんでこいよ。」
「ありがとう。」
「またね!」
 そう言い合って、アゼルと和樹は退室していった。
 にこにこと笑顔で手を振っていたアルディは、二人の姿が見えなくなると覗き込むようにして芳樹を見上げた。
「じゃあ、僕たちもお祭り行こっか。今日、すっごく楽しみにしてたんだ!」
「そうだね。浴衣、ほんとに似合ってるよ。可愛い。」
「芳君も似合ってて、格好いいよ!いつもですら格好いいのに、他の人が見たら放っておかないね!……でも、芳君は僕のだから、譲ってあげない。誰にも、渡さない。ね!」
 芳樹はアルディの不意打ちに一瞬面食らっていた。彼の天然さには慣れてきていると芳樹は自負していたのだが、珍しく天然ではなく、真面目に素直に独占欲を顕にしたアルディに驚いたのだ。
「……そうだね。俺はアルのもので、アルは俺のものだ。絶対、誰にも渡さない。――好きだよ。」
 それでも、アルディの気持ちを受け止めた芳樹も真剣に言葉を返し、キスを落とした。
 抱き合う二人の影は夕日に照らされ、長く長く伸びていた。

***

「ふわぁあ!人もお店もいっぱいだねぇ!」
「そうだな。はぐれないようにな?」
 二人、仲睦まじげに手を繋いでやって来た夏祭り。
 本堂近くまでの道の両端に所狭しと露天が並び、子供から大人まで、地域の住人たちが楽しそうに集まっている。
「何から見よう!どれも楽しそうで迷っちゃう!」
「順番に見ていけばいいよ。時間はたっぷりある。」
「そうだね!じゃあ、あっちの端っこから見ていこう!」
「ん。わかったよ。」
 わたあめ、金魚すくい、りんご飴、射的、やきそば、輪投げ、チョコバナナ、お面、焼きとうもろこし、おみくじ、エトセトラエトセトラ。
 フランス育ちのアルディにしてみれば、何もかもが目新しく、あちらこちらの屋台に顔を出し、小さな子供のように楽しんでいた。
 そんなはしゃいだ様子のアルディを見守るようにしていたのが芳樹だ。彼がアルディを見つめる様子は愛情に満ちていて、彼らを気にする女性達をも近寄らせる事を躊躇わせる程だった。
「そろそろ疲れないか?大丈夫?」
 本道近くまで回ってきた頃を見計らって、芳樹が優しげに声をかけた。
「そう言われてみると、ちょっと足が痛いかも。慣れない靴だからかなぁ?」
 アルディはふと自分の体に目を落とすと、靴を見て、芳樹へ視線を移すと首をかしげた。
「今まで全然気にならなかったんだけど……。着慣れない物、履き慣れない物だと意外と疲れるんだね。」
「しかも、あれだけはしゃいでいれば、な。体力も使ったろうし。」
 芳樹が微笑んで言うと、アルディはうっ、と言葉を詰まらせ、頬を染めた。
「芳君、呆れてる……?」
 アルディが少々恥ずかしそうに上目遣いで尋ねると、芳樹は笑みを深くして否定した。
「そんなことないよ。楽しそうだなって微笑ましく見てた。連れて来てよかったなって。――さて、少し休もうか。あっちに東屋があるんだ。」
「うん。」
 芳樹はアルディの腕を引き、少し林の中を分け行っていった。
 すると、木々の合間に本堂と同じ様式で建てられた、少々古めの東屋があった。
 そこは、あまり知られていないのか人気もなく、ゆっくりするにはちょうど良い場所だった。
「靴擦れとかはしてないか?」
「うん。大丈夫。ちょっと疲れただけだよ。」
 芳樹はアルディを座らせると、跪くようにして足を取り、確認した。
 アルディも素直に身を任せ、笑顔で答えている。
「そうか。」
 芳樹はそれを聞いて安心したのか、立ち上がると砂を払いアルディの隣に座った。
「本当に、楽しそうで良かった。誘った甲斐があるってものだよ。そんなに物珍しかった?」
 芳樹が優しく微笑み、尋ねると、アルディはどこか恥ずかしそうに、けれどもそれを上回る嬉しさを表しながら答えた。
「うん。やっぱりフランスやイタリアのお祭りとは雰囲気が全然違うし、こういうのってその国の文化が現れるじゃない?それも興味深くて。……何よりも、芳君と恋人同士としてイベントを回れるのが嬉しかったんだ。今日は誘ってくれてありがとう。ほんとにほんとに楽しいよ。」
 そう言うと、アルディは芳樹の肩に手を置き、頬にキスをした。
 驚いた芳樹が首を回し、アルディの方を向いたが、アルディはその距離のまま笑顔を向けた。
「芳君、大好き。」
「アル……。」
 そして、好き合っている二人がそのままでいられるはずもなく。すぐに芳樹の驚きは愛しさに変わり、二人はそのまま抱き合い、深い口付けを交わした。

***

「んん~。浴衣ってどう片付ければいいんだろう。難しいなぁ~。」
 ――翌朝。そのまま芳樹の部屋に泊まったアルディは、芳樹が朝食の準備をしてくれている間に、昨晩脱ぎ散らかした二人分の浴衣を片付けようとしていたのだが、洋服と違い、畳み方すらよく分からずに困惑していた。
「アルー?そろそろ用意出来るよ。こっちにおいで。」
「あ、うんー!」
 アルディはとりあえず、皺にならなさそうに並べると、芳樹の待つダイニングの方へ向かった。
「芳君。」
「アル。どうしたんだ?寝室の方で何かやってたみたいだけど。」
 芳樹は尋ねながらも、アルディに席を勧め、自分も席に着いた。
 そして、とりあえず、二人共朝食を摂ろうという事で「いただきます」と呟いて、パンに手を伸ばした。
「うん。あのね。」
 アルディは最初の一口を飲み込むと話の続きをし始めた。
「芳君がご飯の用意してくれてる間に浴衣を片付けておこうと思ったんだけど、畳み方とか仕舞い方とか分かんなくて。どうしようか悩んでたの。」
「ああ。そうか。確かに浴衣や着物は独特の畳み方とかあるし、分からないよな。大丈夫。後で俺が仕舞っておくよ。」
 芳樹が納得したように頷くと、笑顔で諒解した。
 しかし、何故かアルディは少々気落ちしているようだった。
「?アル?どうしたんだ?」
「なんだか、全部芳君任せで、僕、なんにもしてないなぁって思って……。」
 しゅんと萎れた様に言うアルディに、芳樹は逆に庇護欲や愛しさがこみ上げてきて思わず微笑ってしまった。
「全部じゃないだろう?浴衣用意してくれたり、嬉しい言葉をくれたり、キスしてくれたり、ね?」
 優しく諭すように言うと「そうかなぁ?」と呟くアルディに、芳樹は更に言を重ねた。
「じゃあ、あとから浴衣の畳み方とか教えてあげるから。一緒に片付けて、その後は一緒に寛ごう。今日はゆっくりして行けるんだろう?」
「うん!」
 やっと笑顔になったアルディに、芳樹はほっとしつつも楽しみに思いを馳せる。

 ――さて、今日は何をして過ごそうか?

2015/11/16 up
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