Whimsically.

傲慢な神代の噺~序章~

たったひとりの、後に創造主と呼ばれるものは存在した。
周囲には何も存在しなかった。
だから、世界と神々を作った。
まず最初に、力の大半を注いだ女神を。
そして、女神が出来上がると同時に世界を。
また、残った力で様々な神々と、それらのためのシステムを。
そして最後にたった一つだけ残った“すべての記憶”を継がせた最高神を。
そして、創造主は消えた。
何にも知られず。言葉だけを残して。

「勝者に最高の祝福を与えよう。」

それから神々は競い争い始めた。
そのただひとつの言葉だけを頼りに――……。



「本当、厭になるわ。」
「全く、風情がないにも程がある。」
「何を以って勝利と云うのかも分からないのに……。」
「なら、あなたは辞退なされたら?」
「それは……。」
 噂話が風に乗る。
 退屈し切った神々はそれでも惰性で箱庭での戦い(ゲーム)を続けている。
 箱庭での戦い。
 それは神々の退屈しのぎにはもってこいの遊戯。
 そして、それは自身の力の証明にも繋がり、言い伝えと云う逃げ道がある。
 それでも、全ての神が積極的な訳ではなかった。
 しかしながらも、ほぼ全ての神――変わり者と呼ばれる神達を除く全ての神々――が参加しているのは最早常識と化した為なのか、暇を持て余し過ぎたのかは分からない。
「一体誰が戦を始めたのやら……。」
「言い伝えが本当かどうかさえ分からないのに……。」
 神々にも代変わりがある。
 その為、神だからと云って全てを知っているという訳ではないのだった。
 そして、彼らはいつ、どうやって、どのようにして自らが生まれてくるのかを把握してはいなかった。
「そういえば、刻(とき)の姫君と空間の御方が手を組んだと云うのは本当なのかしら?」
「ああ、どうもそうらしい。刻の姫君が空間の御方に敬慕の念を抱いているみたいだな。」
「姫君の駒がいくつか箱庭に紛れ込んでいると聞いたよ。」
「あの子はまだ若いからねえ……。渇仰するのも無理はない。」
「それでなくても、空間の御方は皆の羨望の的だからな。」
「焔(ほむら)の殿御(とのご)はそれをご存知なの?」
「まあ、ここまで噂がたてば耳にも入っておろう。」
「では、絲(いと)の御前はどう思っていらっしゃるのかしら。」
「う~む……そこまではなんとも……。」
 神々の中にも派閥の様なものがある。
 それは人間の様な立場・権力と云ったものに因るものではなく、好意や相性、人格・力量に因る憧憬などによって形成されている。
 ドロドロとした柵(しがらみ)等がなく、悪く言えば薄情な関係性であるようだ。
 そこにふと、噂話に水を差すような声が注がれた。
「あら、何のお話かしら?」
「おっ、御方様……!!」
「その呼び方はやめて頂戴と、何度言えば分かって頂けるのかしらね?」
 苦笑する彼女は皆に“空間の御方”と呼ばれる、数多の神の中でも屈指の力を持つひとりだ。
 神々は滅多に名を口にしない。
 言霊が宿り、力ある者が口にすれば、それは即ち支配を意味するからだ。
 因みに実力を測る目安として、箱庭(ゲームボード)の所有数と参加している戦い(ゲーム)の数がある。
 箱庭を創るのには時間と手間とかなりの力が必要となってくる為、その所有はそのままステータスにもなっているのだ。
 なので、自らが作った箱庭を持てない者も、当然出てくる。
 それも、戦い(ゲーム)に参加するためには自らの力の一部を織り込んだ駒(キング)を必要とする為に、力量のない者は参加するので手一杯となる訳である。
 そして、戦いと云っても、武力や命のやり取りのみを指すのではない。
 知力勝負はもとい、どちらがより豊かな国(箱庭)を作れるか、など、温厚な女神達にとっても魅力的な“遊び”もあるのだった。
「空(くう)の方、刻の姫君とはどのような……?」
「……ああ、かの姫君はどうも私(わたくし)を慕ってくださっているみたいね。協力してくださるそうよ。」
「それは、焔の殿御との箱庭のみでの事なのですか?」
「ええ。あの箱庭はもともと絲の方と始めたもの。焔の君へ譲られたとはいえ、かの方の駒も少なからず残っています。そこへならば姫君の駒を受け入れても不公平にはならないでしょう?」
「ああ、成程。そういう訳でしたか……。」
 笑顔で説明する彼女に、周りの者たちは合点がいったという顔で納得する。
 ああ、やはりこの方に考えが無い筈がなかった、と。
 一目置くというよりは崇拝に近しいものが根底にあるように見受けられる。
 そんな彼女は少々他神との雑談をこなすと直ぐに立ち去ってしまう。
 さっぱりしているというより冷たくも取られがちな態度だがそれを気にしている神は見られなかった。



 彼女――空の御方は自分の奥津城(おくつき)と云う物を持っている。
 自分の力だけで造り上げた彼女の為だけの荘厳な城。空間。
 そこでは彼女も対外的な仮面を被る必要は無い。居るのは彼女を崇拝する、彼女にとって都合のいい神々だけだからだ。
「妾は少し居室に籠る。誰も近付くでない。」
 使用人の様に出迎えた神々には目を向けずそれだけを言うと、立ち止まる事も無く目的の部屋へ向かう。
 重そうな扉が閉まる様子は、他の神々にとって彼女の心の扉をも閉められている様に感じられた。



 彼女は退屈に飽いていた。
 そう、既に“退屈”にすら飽くほどに退屈し切っていたのだ。
 心の底から有り得ぬ事と知りながらも、このままでは腐り切ってしまう、と思う程には切実な問題だった。
「何故、他の者達はこの程度のヒマツブシで暇が潰せるのか……。理解に苦しむ。」
 彼女の前に在った幾つものボードが、払った彼女の指に触れるか触れないかの処でころりと倒される。
 そして、この呟きを声に乗せたとて他の者に伝わる事は決してない。
 彼女の在る奥津城には、彼女自身の許可を得た者以外何人たりとも立ち入る事も視る事も出来ない。
 それもその許可を得たとしても自由に歩き回れる訳でも見渡せる訳でもない。
 だからこそ、様々なモノが散乱したこの居室は彼女にとって一番安全な場所であるのだ。
 彼女は誰にもこの場所への立ち入りを許可していないのだから。
 故に彼女は声に乗せる。“神”たる己特有の言霊を遣って……。
「退屈ぞ。何ぞ面白いモノは無いのかえ?」
 空に放つ言葉に返る声は無い。
 それは当然の事。
 しかし、その筈だが。
 彼女は答えを見出す。それも当然の事として。
「成程。駒に紛れる、とな……。それは思いも付かなかったな。」
 くつくつと嗤いながら身体を起こす。そして何も無い筈の宙を見、何処かを視遣る。
「だが、確かにそれは面白そうだ……。」
 彼女はふらりと立ち上がる。
 その拍子に、今まで凭れ掛かる様に座っていた椅子が倒れた。しかし、彼女が気にする事は無い。
 ソレは“彼女が望んだときには元通りになっているのだから”。
 この不思議の城は無論人界でも、神域ですらない。
 彼女が造り得た彼女だけの為の空間なのだから。
 その空間から彼女は飛び立つ。
 何が起こるのか。
 それは現在の時点では誰にも分からない――。

2020/06/29 up
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