Whimsically.

冬桜

「桜木先生、俺、留学する事にしたんだ」
「留学……」
「そう。決心がついたのはあんたのおかげだよ。しばらくは帰ってこない。だから……さよならだ」
 窓の外で早咲きの桜が蕾をつけていた。

***

 桜木冬真は産休の代わりの教師として、とある高校に着任した。一月のことだった。
 桜木は自分のことを常に冷静でいられる性格だと評価していて、周りの意見もおおむね同じものだった。
 しかし、最近はその自己評価が崩れそうになっている。とあるひとりの男子生徒のせいでだ。
「失礼しまーす。先生、昼飯食おーぜ。また碌でもないものしか食べてねーんだろ?」
「余計なお世話だ小葉。お前もいちいちこんな辺鄙なところまで来ずに友達と食べたらどうなんだ」
「今日のラインナップはザ・和食!サケの塩焼きを冷めてもおいしく食べられる術を身につけました!」
「……話聞いてたか?」
「さ、食べようぜ。昼休みが終わっちまう」
「おい、小葉」
「なんだ、食わせてほしいの?しょうがねえな。ほら、あーん」
「聞け。話を」
 こんな調子で毎日昼休みに訪れる男子生徒の名は小葉樹。そして、この押しかけ弁当が行われるようになって早ひと月が経とうとしていた。
 原因は自分が料理に不向きなことから、いつもコンビニ弁当やインスタントラーメンなどで食事を済ませてしまっているのが小葉にばれてしまったところからだ。
 そして、母子家庭である小葉は幼いころから家事を手伝っていて、料理はお手の物だそうで、自分の弁当を作るついでに毎日桜木のものも作ってきてくれる。
 だが、立場上流石に生徒に弁当をたかるわけにもいかず、毎日弁当代は払うことにしている。それでも他の教師や教育委員会にバレてしまったらと思うと冷や汗ものだ。幸い科学準備室という辺鄙なところにまで来る人間は滅多におらず、バレそうになった経験はまだない。しかし、これを続けてもいいものかと言えば絶対よくないに決まっている。
「小葉。今日作ってきてくれた分はもったいないしありがたくもらうことにするが、明日からは本当に要らないからな」
「りょーかい。明日は中華の予定だけど、なんかリクエストある?」
「……話聞いてたか?」
 毎度断り切れないのは小葉が人の話を聞かなさすぎるせいか、己の意志が弱いせいか。ぜひ前者であってほしいとは思うのだが自信は持てないところだ。
「先生、結婚しないの?誰かが飯作ってくれないといつか生活習慣病で死ぬんじゃない?」
「余計なお世話だ」
「俺が毎日作りに行ってやろうか。あ、これっていわゆる通い妻?やべぇ、俺超尽くすタイプだったのかな?まぁ、先生相手なら全然ありだけど」
「……結構だ」
「ちぇーっ。こんなに尽くしてるのにつれねーの。明日の弁当、先生のほうはめっちゃ辛くしといてやろ」
「だから、要らないって言ってるだろ……」
「明日、楽しみにしとけよ先生!」
「……」
 常に冷静でいられるという自信はこの時点でだいぶ揺らいでいて、いつもは呆れの感情が浮かび上がってくるのだが、今日はなぜか怒りの感情が表層に出てこようとしていた。
 桜木は大きくため息をついた。
「小葉、先生をからかうのもいい加減にしろ。何の魂胆があってこんなことをしているのかは知らんが、大概にしておけ」
「……魂胆?」
「そうだろう。何か企んでいることがあるからこんな事をしているんだろう。だが、俺はそんな程度のことで揺らいだりしない。諦めてさっさとくだらないことはやめろ」
「……」
 これで、小葉も諦めるだろう、そう思って言った言葉だった。
 桜木も心からそんな疑いを持っていたわけではない。だが、どこかで疑心暗鬼になってもいたのだと思う。自分が本当に好かれているわけではない。何か理由があるからなんだ、と。自分を、守るために。
 桜木ははっとした。自分を守るため?それでは自分は好かれていると信じて裏切られるのが怖いのか。つまり自分は小葉に好かれていたいのだ。自分が、小葉を好きだから……?
 自覚したのは突然だった。しかし、自覚してしまえば早かった。なぜ自分は毎日毎日問題のある関係だと知りながら小葉とともに昼食を共にしてきたのか。自分がひそかにその時間を楽しみにしていたからだ。だから……。
 桜木は自覚した感情に対応するのに手いっぱいで、小葉の反応まで気にする余裕はなかった。だから、反応が遅れた。
 ダンッという音と共に体に大きな衝撃と痛みが走った。世界が回り、背中が痛む。気づいたら視線は天井と無表情で見下ろす小葉の姿だ。
「なに……を、」
 小葉はこれ見よがしに大きなため息をついた。いつも満足げに笑っていた小葉の表情が見えずに桜木に不安がよぎる。
「先生さぁ……ほんとにそんな風に思っていたわけ?俺が企んでる?ああ、確かに企んでたさ。先生とどうこうなりたいってさ。好きなんだから当たり前だろ?でも、それすらも信じてもらえてなかったんだな。俺は、本気だったのに……」
「小葉……」
「いいよ。信じてもらえてないなら。行動で示すしかないよな。俺が本気であんたを好きだってさ」
「小葉……?」
 桜木が戸惑っている間に、小葉は制服のネクタイをほどくと桜木の両手首を縛り上げた。
「小葉……!?一体、何をする気だっ!?」
「何って、あんたを抱くのさ。行動で示すって言ったろ?俺はあんたが好きなんだ。抱いて俺のオンナにしたいのさ。俺の好きはそういう好きなんだ。それをわかってもらう手段はこれが手っ取り早いだろ?」
「そ……抱、くって……そんなの、できるわけ……」
「できるんだよ。本当に信じてもらえてないんだな。俺があんたを好きだってこと」
「違うっ!そういう意味じゃ……」
「……大丈夫。センセーは何もしなくていいよ。俺が全部やってあげる。ちゃんと俺のオンナにしてやるから、さ。そしたら、先生も信じてくれるよね?」
「小葉、待っ……」
「待たないよ」
 小葉が噛みつくようなキスを仕掛けてきた。言葉が交わせず、誤解を解くことができない。
 桜木は何とか誤解だと言おうと離れようとするが、小葉にとっては嫌悪からくる抵抗であるようにしか思えず、更に怒りを煽るだけの結果になった。
 小葉の手が桜木の服の下に滑り込んでくる。
「っ……!」
 冷たい指先が桜木の乳首を強く摘まむ。痛みがピリッと走りながらもそれだけじゃない感覚もあり、桜木は焦る。
 ころころと転がされたり強く引っ張られたりして痛みと快感が交互に訪れる。その内痛みも快感に変わっていくような気がして桜木に恐怖心が芽生えてくる。
 唇が離れていき、口は自由になるが、桜木は恐怖で何か話す気にはなれなかった。
「先生、好きでもない奴にこんな事されても感じるんだ?ちょっと硬くなってる」
「……」
 しかし、桜木は見上げた小葉の表情の中に悲壮と後悔を見た気がして、心が落ち着いてゆくのを感じた。
「先生好きだよ、だから、俺のものになってよ」
「小葉……」
「ほんとに好きなんだよ、先生。ホントに本当に……!」
「小葉……」
「なのに、なんで、先生は俺のものじゃないんだ……っ!」
「小葉……やめよう。こんな事。何にもならないじゃないか」
「うるさいっ!」
 小葉は泣きそうな顔で激昂する。
 小葉は桜木の体をひっくり返して、乱暴にズボンを奪う。
 桜木も何をされるのか分かったが、抵抗する気は起きなかった。すべて自分の発言が招いたことだ。小葉をここまで追い詰めたのは自分なのだ。
「つっ……!!」
 何も準備もされていない蕾に小葉の雄が無理やり入り込んでくる。
 隘路を割いて入り込んできた肉棒を受け入れるのもその激痛の中にあっては意識も霞となりそうでやっとのことだった。
 裂けた蕾から血液がこぼれていく。だが、その感覚を感じる間もなく、小葉が強く動くと桜木は激痛に重なる激痛で意識が飛びそうになるのをなんとか堪えるしかできない。
 桜木の口からは悲鳴のようなうめき声が漏れるが、それを聞く小葉は更に沈痛な表情になって腰を動かし続ける。
 桜木の頭の中が『早く終わってくれ』の言葉で埋め尽くされる頃、やっと小葉は桜木の中で弾ける。
 小葉はすぐに桜木の中から出て行ったが、桜木はもう何かする気力もなかった。
「…………ごめん」
 小葉は少し頭が冷えたのか、謝罪の言葉を漏らす。しかし、桜木には返す言葉もその気力もなく、ただ、小葉のうつむく顔を眺めていた。
 しばらくすると、小葉は目を合わせないようにしつつも手早く桜木の後始末を済ませ、もう近づかないから、と一言呟くと、もう一度ごめんと繰り返して部屋から出て行った。
 桜木は、ただ見送ることしかできなかった。

***

 それからひと月、三月に入るまで桜木と小葉が話す機会はなかった。というより、小葉が避けに避けていたようだった。
 そして、ようやく、といったところか、修了式直前にまた科学準備室で二人になることができた。
「……」
「……」
 しかし、二人とも話が切り出しづらく少し沈黙の間ができてしまった。
 そして、口火を切ったのは小葉のほうだった。
「桜木先生、俺、留学する事にしたんだ」
「留学……」
 それは当然のことながら職員である桜木の耳にも入ってきてはいた。
「そう。決心がついたのはあんたのおかげだよ」
「……それは、この間のことがあったからか」
「違う。いや、違わないのかもしれないけど……前に先生が言ってくれただろう。夢を追うことは馬鹿なことじゃない。馬鹿だというやつは夢を追いかけるのをあきらめたやつだって。だから諦める馬鹿になるなって。それで、決めた」
「そうか……」
「しばらくは帰ってこない。だから……さよならだ」
 桜木は無言を貫く。その様子に小葉は目線を逸らして続ける。
「この間のことは本当に悪かったと思ってる。謝っても謝り切れないのもわかってる。恨んでくれていい。もしくは存在ごと忘れてくれてもいい。好きなようにしてくていいから……だから、」
「ふざけるな!!」
 突然大声を出した桜木に小葉は素直に驚いてしまう。
「ふざけるな……俺がこの一か月、何を思って過ごしてきたと思ってる……」
「それは……ごめん。そうだよな。許せるわけ、ない、よな。ごめん……」
 小葉はまた、視線を逸らして俯いてしまう。
「許せるわけ……ないだろ……!」
 その言葉に小葉の肩がびくっと震える。
「話せなきゃ、許すことだって、できないだろっ……!?」
 桜木のその悲痛な声に小葉は思わず顔を上げる。
「先生……?」
 桜木は今にも泣きだしそうな顔で怒っていた。ただ、それはこの間のことに、ではなく、それからの小葉の態度に、だった。
「俺だってあの時、お前が好きなんだって、気づいたんだ。なのに、お前は誤解を訂正する間も与えてくれなくて。行為だって、それ自体を抵抗したわけじゃない。ただ、誤解なんだって言いたかっただけで……それに、最後のほうはその抵抗すら、しなかったじゃないか!俺だって、俺だって心にもないこと言ったって、謝りたかったのに、お前は避けてばっかりで、留学まで決めて……っ」
 思わず涙が一筋こぼれた。
「俺だって、お前が好きなんだよ!分かれよ、この馬鹿っ!!」
「先生……」
 桜木は、叫びながら涙を流していた。
「くそ……なんで止まらないんだ……」
 小葉は、桜木の乱暴に涙をぬぐう手を取ると、そっと桜木を抱きしめた。
「ごめん……つらい思いさせて、ごめん。もうこんな間違いしないから……」
「あ、たりまえだ!次があると思うなっ!次にこんな間違いしたら、思いっきりぶん殴ってやる……っ!」
「うん。殴っていいよ。許してくれるまで謝るから。だから、ずっと、一緒にいよう」
「言ったな!?もう取り消せないぞ!?お前は、俺のそばを離れるな!!」
「うん。離れないよ。ただ、留学はもう話が進みすぎてるから……一年、いやあと三年待ってくれ」
「……留学は、一年じゃないのか」
「一年だよ。でも、その後まだ一年、この学校で三年生をしなきゃいけないから。それに、その一年通って卒業してもまだ未成年だし。だから、俺が二十歳になったら……結婚しよう」
「結婚……って、男同士は結婚できないぞ」
「パートナーシップ法って始まっただろ?結婚と同程度の関係を認めるってあれ。それ使って、結婚しよう。そんで、一緒にじーさんになるんだよ」
「パートナーシップ……」
 その頃には桜木の涙も止まっていた。そして小葉の胸元から顔を上げると、優しい笑顔が降ってきていた。
「俺と、結婚してください」
 思ってもいなかったプロポーズに今度は桜木が視線を逸らしてしまう。
「……お前がちゃんと一年で帰ってきてちゃんと卒業してちゃんと二十歳になったら、な」
「うん。待ってて。俺、絶対先生につり合ういい男になるからさ」
「……仕方ないな……」
 そして、また見つめ合うとそっと唇を重ねる。
 その約束を見ていたのは花を開こうとしている冬桜だけだった。


『知ってた?この部屋から見える桜って春と冬にも咲くんだぜ?』
『そういえば俺が着任したころにも咲いていて不思議だったな』
『冬桜って呼ばれてるんだけど、別名小葉桜ともいうんだ』
『小葉……』
『冬桜と小葉桜。なんか俺たちが一緒になったみたいじゃね?』
『一緒にって、お前』
『結婚式上げるときは冬桜があるところがいいなー』
『結婚式って……あげるつもりなのか』
『先生が嫌ならやらないけど、俺はやりたいな。みんなに俺たちの幸せを祝福してもらうんだ』
『幸せか……』
『幸せだろ?』
『ふん。すぐに傍を離れてしまう男に惚れた俺が幸せなのかどうか』
『うっ、それを言われると痛いけど。でも先生のせいでもあるんだけどなぁ』
『まぁそうだな。責任の一端は俺にもある。だから、』
『?』
『来年一年は海外で研修をすることにした。スキルアップは必要だしな。お、お前が留学するところに近いのは偶然だからな!?』
『先生……!』
『た、たまたまだ!だからくっついて来るな!』
『先生、いや冬真、愛してる!』
『!!』


【あとがき】
初めましてまたはこんにちは。咲良椿姫(サクラツバキ)です。
今回の本は病みかけの時にふと桜関係の何かが書きたくなって書いたものです。冬桜、花言葉・冷静。二人とも冷静ではいられませんでしたね(笑)
元々私はいい大人が振り回される話が好きです。萌えます。
今回は桜木がいいように振り回されろ!と思いながら書いたんですが、なかなかプロット通りには進まないものです。
っていうか、プロットは煮詰めずに書く派なので大抵プロット通りじゃないです。プロット煮詰めて完成しちゃったらそれで満足しちゃって書くところまでいかないので←
話がそれましたが、本当はもうちょっと桜木が振り回されるはずだったのです。くそー。あと、濡れ場と言えないような濡れ場ももっと鬼畜入る予定でした。話の流れに持ってかれましたが。くそー。
とりま、夜七時位から書き始めて現在深夜一時半。そして昼の十二時までに入稿しないと初出しJ庭に間に合わない。原稿を入稿できる形にして、んでもって表紙も作らねば。。。やばい。かなりハード。寝れねぇよ、コレ……。でもがんばる。
まぁ、ここらで謝辞をば。
まず、J庭に参加させていただくきっかけとなりましたしらおに感謝を。ありがとう。なかなかイベントって一人で参加できるほどの余裕がないもんでうれしいです。ちょっとスペース貸して置かせてください。あと、冬コミ受かったら目一杯楽しもーね!落ちたらどっか違うとこ参加しよ!また遊んでください!コスプレもしたいです!わがままでごめんよ!!
次に印刷所のプリントオン様にも感謝を。ありがとうございます。オプションがすごく種類があるから本を作るのが楽しいです。しかも、お安いお値段。ありがたや~。フェアもナイスです。嬉しいです。+五冊とか神!!どうぞ今後もよろしくお願いいたします。
最後にこの本をお手に取ってくださったあなたに最大級の感謝を。ありがとうございます。やっぱり本を作っても読んでもらえなかったらただの落書き帳です。感想頂ける程のクオリティのものはなかなか書けないのですが、それでも頂ければ本当にうれしいものですので、よければ一言でいいので何かアクションくださると飛び跳ねて喜びます。いや、マジで。
さて、それではまたいつかどこかでお会いすることがあることを願いまして。
寝る時エアコンが要らなくなる頃・咲良椿姫

2020/06/29 up
→NEXT(coming soon...)
top