Whimsically.

Rectangular.

「…私、何でここにいるんだろう……?」

 彼女――夏木(なつき) 優(ゆう)の記憶は、今、この場から始まっていたのだ―――――。

01――出逢い。

「…君、誰?」

 彼が彼女と会って初めて言った言葉はこれだった。

「あっ、はい!初めまして!私…」
 優が自己紹介しようと、座っていたソファーから立ち上がると、彼――海条 珀斗(かいじょう はくと)が思い出したように言葉をさえぎった。

「あぁ。君が記憶喪失になったっていう僕らのいとこか。・・・もうすぐ翼斗(よくと)が部活から帰ってくると思うから、詳しいことはそいつに聞いて。」

 いかにも面倒くさそうという顔をしてそれだけ言うと、それまで立っていたリビングの入り口前から引き返し、自分の部屋のある2階へと上がっていった。

「…えっ、あっ、はい……。」

 優は初対面のはずの珀斗の態度にあっけにとられ、今までの緊張がすっかり解けてしまった。

(え~っと…。もうすぐ翼斗君が帰ってくるってことは、今帰ってきたのがお兄さんの珀斗君、なんだよね?・・・モデルってだけあって、やっぱりカッコいいなぁ~。一卵性双生児ってことだから、きっと弟の翼斗君もカッコいいんだろうなぁ!…でも、双子って2人とも性格まで似てるんだろうか。だとしたら、どーしよう。これから一緒に暮らしていく自信、ないよぉ!)

 両親が仕事で海外にいるため、優は今まで1人暮らしをしていたのだが、今回、突然記憶喪失になってしまい、日常生活に支障が出るだろうということで、やはり同じような家庭環境だという、優の同い年のいとこである双子と一緒に暮らすことになったのだ。

 しかし、いとこといえど実は一度も会ったことのない相手。
 ほとんど赤の他人の彼らと暮らすのは不安が残る中、優にとって、珀斗の態度は、かなりそれを増幅させることになった。

(どーしよう……。)

 ソファーに沈み込み、悩みかけた優だったが、ちょうどその時、玄関のドアが勢いよく開き「ただいまーっ!」という声が彼女の耳に届いた。

(翼斗君が帰ってきたんだ!)

 優が顔を上げると、翼斗がスポーツバックを肩にかけ、彼女の居るリビングに向かって歩いて来た。

「兄貴ぃ~!ハラ減ったんだけど、今日のメシ…。」

 翼斗はリビングに電気が灯っていたことで兄が居るものだと思ったのだろう。話しながらドアを開け、部屋の中に優を見つけ、言葉を止めた。
 優は今度こそ自己紹介をしようと口を開いたが、流石双子というべきか、またしても名前を口にすることは出来なかった。

「初めまして。私、…」
「もしかして、君が優ちゃん?!」

 喜々として尋ねるその顔は、造作だけを見れば兄と見分けることは困難であろうほどそっくりなのだが、性格の違いだろう。纏う雰囲気が全く異なり、それをするのは容易かった。

「はっ、はい!夏木優です。これから、よろしくお願いします。」

 優は何とか自分のことを伝えることは成功した。しかし、その堅苦しい物言いは翼斗の性分には合わなかったようだ。

「こっちこそ、よろしくー。ってか、そんなに硬くならなくていいって。俺ら、タメだろ?」

 笑顔を浮かべ、砕けた話し方をする彼に、優は今までかかえていた不安が引いてゆくのを感じた。

「そーいや、高校もこっちに転校するんだっけ?結構遠いんだよなぁ、前のガッコ。」
「うん。ここから通うのはちょっと難しいから。…ところで、さっき夕食の話しようとしてたみたいだったけど、いつもは…。」

 どうしてるの?と、続けようとしたのだが、…またしても遮られることとなった。

「翼斗、煩い。こっちもさっき帰ってきたばっかりなんだから、自分でどうにかしろよ。」

 何時の間にか降りてきていた珀斗は、読み取りにくいその表情に、かすかな苛立ちを浮かべていた。

「あっ、珀斗君。」

 珀斗は数秒間優と翼斗を眺めると、一つ、ため息を吐き、

「この莫迦に家の案内や説明なんて、できるわけなかったな。仕方ない。…翼斗、材料は冷蔵庫にあるから、3人分の夕食作っておけ。」

 翼斗は、バカ呼ばわりされたことで抗議の声を上げたが、兄に軽く睨み付けられれば、「へいへい。」と適当な返事をし、おとなしくキッチンへ向かった。

 珀斗は、翼斗の後姿を見、その後、優の方へと目を向けると、

「…ついてきて。いろいろ教えるから。」

 と、リビングから出て行った。

「あっ、はい!」

 と、慌てて着いて行こうとすると、何時の間にか、置いてあった優の荷物を彼が持ってくれている事に気付いた。

(もしかして、そんなに悪い人じゃない…のかな?)

 と、結構失礼なことを考えながら、珀斗の後ろを歩いた。

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