Rectangular.
見事な晴天の下、珍しく満開の今年の桜。新年度へと切り替わり、学校中が微かな不安と期待で満ちる浮かれた雰囲気。
その中で、新たに転入生として2年生になろうとしている、夏木優。
しかし、そんな彼女の今心境はというと――?
(し、視線が痛かったぁーっ!!)
と、学園内に入って数分だというのに、既に多大な精神的な疲労に見舞われていた。
その、主な原因を引き起こした張本人といえば。
「…大丈夫?」
と、至って平然と反応を返してきた。
最も、優がこちらで生活し始めてからの数週間。彼がこの態度を崩した事は一度たりとも無かったのだから、今更思いきり心配などされたら、逆にこちらが心配になるか、彼の双子の弟・翼斗(ヨクト)と入れ替わっていたのかと疑ってしまうところだろう。
そんな彼の名は海条珀斗。優の同い年の従兄(いとこ)であり、絶賛売出し中の大人気学生ファッションモデルである。
そして、何故彼が優の疲労の原因となったかと云うと。
彼の周囲の認知度の高さと、その登校の方法に問題があった。
03――友達。
『優、学校行くよ。』既に全て登校の用意を終えた珀斗が玄関から声を掛けた。
『あっ、うん!今行く!!』
まだリビングでゆっくりしていた優はあわててTVを消し戸締りの確認をすると、荷物を持って玄関へと走った。
しかし、そこには彼の姿が無く、もう行ってしまったのかと思った優がドアを開けると、そこには何故か黒い二人乗りのバイクに跨った珀斗の姿があった。
『……えっ?』
優は思わず一瞬思考が停止し、体の動きも止まってしまった。
『…何してるの?早くしないと遅刻になるよ?』
始業式から遅刻は嫌だろう?と続け、彼がヘルメットを投げて寄越した事で、優は活動を再開した。
『ほら、早く乗って。』
と、珀斗は自身もヘルメットを被り、仕草だけで彼の後ろを示す。
『えっ…えっ!?もしかして、バイクで通学するの!?』
『そうだよ。優、学校までの道、まだよく分かってないでしょ。』
確かに彼の言う通りだった。
まだ完全に納得できた訳ではなかったが、もう一度早く、と促された事により、慌ててヘルメットを被り彼の背後へと乗り込んだ。
(あれ?このヘルメット、色が女性用だよね?なんで、そんなのがあるんだろう…?)
『じゃあ、ちゃんと掴まっててね。』
珀斗は優の腕を自分の腰に回させると、一度、彼女の用意が出来た事を確認し、彼はバイクを発進させた。
* * *
なんとか優が極度の疲労から回復し、これから初めて教室に行こうとした、その時。
多少は減ったものの、未だ周囲の注目が異常に高い中、どこか面白がるような声音で、2人に声をかけて来る女生徒が1人、居た。
「おはよう、珀斗。今日はそんな可愛い子、後ろに乗せちゃって、どうしたの?」
「華楠(カナン)か…。」
笑顔で揶揄かう女生徒に明らかに不機嫌そうに返す珀斗。
「お前には関係ないだろう。」
「あら。数少ない友人に、それはないんじゃない?」
笑顔を崩さずさらりとかわす華楠にも驚きだが、珀斗の口調が心なしどこか荒くなっている事に優は酷く驚いた。
そして、何故か複雑な思いが優の胸の中を渦巻いた。
「ちゃんと、紹介してくれるのよね?珀斗?」
名前を強調して言った華楠の言葉に、物凄く嫌そうな顔をした珀斗だったが、とりあえず優に彼女の事を紹介する事にした。
「……………こいつは、霧祓華楠(キリハラカナン)。同じPF科A組のクラスメイトだ。」
「よろしくね。」
「よろしくお願いします!」
しかし、珀斗なりの抵抗なのか、優に彼女を紹介したものの、優の事を華楠に紹介する気配はなかった。
だが、華楠に「珀斗?」と笑顔で促されると、渋々ながらも優の事を簡潔に紹介した。
「夏木優。従妹で今日からクラスメイト。」
「そう、優ちゃんね。成程。珀斗たちの従妹だったの。」
華楠はそんな珀斗の様子を気にもせず、優に優しい笑顔を向けた。
「改めて、よろしくね。優ちゃん。友達になれると嬉しいわ。」
「はいっ!私も、華楠ちゃんと友達になりたいです!!」
「そう、よかった。」
優は胸のもやもやがすっと晴れていくような気がした。
そして、珀斗が複雑そうな表情をしている事に気づいてはいなかった。
* * *
さてここで一旦、先程珀斗が口にした『PF科A組』について説明しよう。
彼らが通う、この私立煌星(コウセイ)学園PF科。
PFと云うのはプロフェッショナルの略なのだが、その名の通り、"何か"特出した能力・特技を持つ者達のみが集う学科である。
この学科の定員はA・B・C各クラス25名。しかし、創立以来定員数に満ちた事はない。
その理由は、勿論受験者が居ない為ではない。むしろ、倍数は毎年全国No.1を誇る。それでも何故たった75名が集まらないのか。それはひとえに合格ラインが厳しすぎる為である。
そして、また特徴的なのがクラス分けで、それぞれ能力ごとに分けられている。
C組は運動能力に特化した生徒が集うクラス。メディアで活躍するようなプロを数多く輩出している。
B組は文科系に特化したクラス。しかし、ただ単に資格を持っていたり学力が高いだけでは入る事が適わない。
そして、A組。彼らはジャンルを問わず"プロフェショナル"と呼ばれるに相応しいと認められた生徒だけが入る事が出来るのだ。
因みに珀斗・華楠はA組、翼斗はC組で、それぞれその中でもトップクラスの能力の持ち主である。
* * *
「ここが私達PF科A組の教室よ。」
優が華楠という新たな友達と他愛もない話をしながら辿り着いた教室は『教室』らしくない部屋だった。
机はタッチパネル搭載の特注品で、椅子は座り心地を重視してクッション性の高いもの。
床にも絨毯がひいてあり、黒板も上下二段のホワイトボードだ。天井に投影機が付いているところをみると、スクリーンもあるのだろう。
「すごいきれいだよね。この学校。おしゃれな雰囲気だし。」
優が感心しながら教室を見渡すと、華楠はくすりと笑った。
「"最先端の教育システム"を実現させるために、頻繁に改装したり、増築したりするからね。この学園。駐輪場も広かったでしょう?」
「うん、びっくりしちゃった!」
それは、優と珀斗が駐輪場に到着した時の事。
* * *
「着いたよ。」
校門からバイクで走る事数分、優の体感時間にすると数時間というところか。
やっと、駐輪場に着いた珀斗と優だったが、彼女は周囲の景色に気づいた途端、目を丸くすることとなった。
「なにこれ、広-っ!!」
私立とはいえ、高校にここまで広い駐輪場が必要なのかと思わずにはいられない程の広さがあり、自転車ならゆうに数百台程は格納できそうに思われた。
少し離れたところに車も駐車してあるところをみると、職員も利用してはいるのだろうが。
珀斗の話によれば、ここは学園の中心部にある一番広い駐輪場で、PF科専用且つバイク専用なのだそうだ。自転車用と車用は別に隣接している。
そして、一番広い、という事は、ここより小規模ながらもほかの場所に駐輪場が在ると云う事に他ならない。
実際、学園内の至る所に駐車場・駐輪場が点在していて、授業によってはバイクで教室移動したりすることもあるそうだ。
しかし、勿論全生徒がバイク通学している訳もないので、時間短縮の為校舎と校舎を繋ぐ渡り廊下は、空港などに設置されている"動く歩道"になっている。
そんな学園も当然、広大な敷地を有しているので、バイクで最短距離を両断しても、5分程度はかかるとかかからないとか。
そもそもPF科限定とはいえ、高校生でバイク通学を認めている事自体が珍しいのだが。
* * *
「取り敢えず、席に荷物を置いちゃいましょうか。」
華楠の一言で、華楠、優と、不機嫌そうについてきていた珀斗も適当な席につき、机の端にあるリーダーにICチップ内蔵の学生証をかざす。これで出席を取るのだ。
「さて、まだ式まで時間あるわね。それまで、どうす……」
「優ちゃーんっ!あーにきぃー!あ、華楠も!」
「「翼斗……。」」
「翼斗君!」
また3人で集まると、そのタイミングを見計らったように翼斗が乗り込んできた。
「俺の弁当あるー!?」
「あっ、うん。これとこれ…二つでいいんだよね?」
「おう!部活後のはコンビニで買うし!さんきゅー!」
珀斗と華楠が呆れた視線を向けて見守る中、翼斗は早速弁当の一つを開けようとしている。
「優ちゃんの料理、めっちゃくちゃ美味いからダイスキー!!」
「私はそれくらいしかできないから…。」
「そんなことないってー!!こないだだって…」
弁当を広げる翼斗と、その隣で恥ずかしそうに、でも嬉しそうに優が微笑っている。
「……珀斗、いいの?」
「…何がだ?」
「珀斗がいいなら私は別にいいのだけど、ね。」
「どういう意味だ?」
少し離れた窓際に移動し、優達とは対照的な雰囲気で、駆け引きめいた遣り取りをする珀斗と華楠。
その内容が優達二人に伝わる事はなかった。
――そうして、優の煌星学園初日は過ぎて行った。
2010/02/07 up
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