Whimsically.

《ナスティア・ヴィト・ラフォレーゼ》

 「ナスティーディア殿下。確認に出た騎士が帰って参りました。……確かに、婿殿下と王子殿下で間違いないそうです……。直接ご確認、なさいますか……?」
 彼らと対面した時、身体が急激に冷める感覚を覚えた。
 絶望に実際に血が下がったのかもしれない。
 視覚以外の五感はどれも感じられなかった。
 手を伸ばすことが出来ず、ただひたすらに二人を見つめていた。
 何時間も、何時間も。
 そして。
「こんな、時にっ……!」
 ふいに堪え切れぬ程の熱が込み上げ、すべてを理解した。
 彼らは己の犠牲になったのだ。

***

 世界は箱庭だ。
 神々のゲームボードだ。
 ゲームを行う根本的な原因は神々も理解していないのかもしれない。
 ただ、一柱の神はゲームボードだけでは満足できなかった。
 そのために、様々な箱庭に己の欠片を埋め込んだ駒を忍ばせた。
 そして、己を同化させて楽しむのだ。
 駒としてのアソビを。
 その駒達は“御巫”と自称している。
 そのひとりが彼女である――。

***

「L3からの情報をS・A氏に回して。条件は5.3以上6以下。Kの事について聞かれたらある程度は流してもいいわ。ただし、武器庫の内容や幹部クラスの事を聞かれたら別件扱いにしてちょうだい」
「了解しました」
「こちら、先日のB班からの報告書です」
「ああ、それはデューンに確認させて、情報管理部へ回して。何か問題があればデューンに上げてちょうだい」
「わかりました」
「こちらはいかがしましょうか」
「それは後で確認するわ。そっちに置いておいて」
「はい」
 己の所には様々な情報が入ってくる。いや、なだれこんでくるといっても良い位の情報量だ。元々、情報屋上がりの組織の為、その量は半端なものではない。
 それをすべて把握し、管理しきれるのは己が御巫として覚醒し、人間のキャパシティを超えているからだろう。勿論、きちんと自覚も覚悟もある。
 それらをうまく使いこなせているのは己の天分なのか否かは不明だが。元々の才能はあったと思うのだが――。
「姉貴ー」
 ひたすら仕事をこなしていると、十年程前に弟としての戸籍を与えたエヴァがやってきた。彼が直接報告を上げてくる必要のある程の案件はない筈なのだが。
「いい女、借りたいんだけど。とびっきりの」
 なるほど。仕事の要件ではなかったらしい。しかし。
「今EU関係が不安定で忙しいのはわかってるでしょう。今貸せる子はいないわね。エルが来国してるから、あの子に相手してもらいなさい」
 ちらりと視線をやったが、すぐに書類に戻し、素っ気なく返す。
「エヴァか。確かにあいつとのプレイは楽しいけど。男じゃん。今はイイ女の気分なの。……ってか、姉貴を誘ってるの、わかってるだろ?」
 その言葉にふぅと溜め息を零し、仕事を中断する。椅子の背もたれに身体を預け、完全にエヴァの方に顔を向ける。
「アディ、何かあったの?珍しいじゃない。私の事誘うの」
「……いや、別に?気分がそーだっただけ。姉貴とヤるの気持ちいーもん。まぁ、駄目なら諦めるし」
 エヴァを観察してみるが、ぱっと見は普段通りだ。だが、微かに不安が垣間見える。何か嫌な事でもあったのだろう。
 観察を終えるとわざともう一度溜め息を漏らす。
「……気が向いたら相手してあげる。いつものスイートにエルがいるから、とりあえず今はそれで我慢なさい」
「はーい」
 エヴァは少し不満そうな顔をして、だが納得して帰って行った。彼が退室すると、養子のデューンが近付いてきた。
「珍しいですね、エヴァ様がナスティア様をお誘いになるの。何かあったのでしょうか」
 デューンは扉の方を見ながら心配を声に滲ませる。
「でしょうね。デュー、最近、アディについて何か気付いた事はあった?」
 何か聞き及んでいないか、聞いてみるが、返ってきたのはやはり否定の言葉だった。
「……いえ、特には。少し気を付けてエヴァ様の周辺を見てみましょうか?」
「ええ、お願い。……それと、今夜なのだけれど……」
「二十時半以降でしたら、翌朝五時までなら予定をお空けできますが」
 台詞の途中ですぐさま返事が返ってきた。エヴァとの会話で予想して、既に予定を調整していたのだろう。優秀な息子で有り難い。
「それでお願い。……いえ、もう少し遅くまでは空けられない?あの子の目が覚めるまで傍にいてあげたいのだけれど……」
「そうですね……。T・S氏との朝食会の中止とその後のVグループの早朝会議に代理人を行かせれば、九時……いえ九時半までならなんとかなります」
「じゃあ、それで調整してちょうだい。悪いわね」
 デューンに労いの言葉をかければ恐縮して礼を返してきた。
「いえ、とんでもありません。それではT・S氏への連絡と代理人の調整をして参ります」
「ああ、彼への連絡は私が直接しておくわ。代理人の方だけお願い」
「かしこまりました。それでは失礼します」
 そしてまた仕事に戻っていった。

***

 ふと、気配に目が覚めた。
 そっと起き上がり隣を見るが、エヴァは安心して寝息を立てていてほっとする。
 そのまま起こさないようにそっと部屋を抜け出し、迷いない足取りで屋敷を出る。そして、気配を消してとある路地に入り、声をかけた。
「いい度胸ね。こんな時にうちを狙うなんて」
「!?誰だ!?」
 すると驚きと焦りに満ちた声が返ってくる。向こうにとっては警戒していたのに突然近くで声がしたのだ。当然の反応か。
 そこには六人の男達が立っていて、隙のない立ち居振る舞いでそれなりに手練れの裏社会の人間だとわかる。
 まあ、己にとってはこの程度、話にならないのだが。
「私を狙っていたのでしょう?誰だとは失礼ね」
「!?まさか、お前が“地獄の魔女”か!?」
「まぁ、そう呼ばれてはいるわね」
 くだらないやり取りに早々に飽きてきている間に、彼らは互いに顔を見合わせ頷き合い、臨戦態勢に入った。
「地獄の魔女、ここでお前には死んでもらう」
「あら、そう」
 たいして気を留めずに返し、逆に爪の甘皮を気にしていると、一瞬虚を突かれた気配がしたが、すぐに立て直してそれぞれの獲物を手に襲いかかってきた。
「――!?ぐわぁっ!!」
 しかし、目にも留まらぬ速さで拳銃を抜き、相手がこちらに届く前に、動くために重要な筋や獲物を握る手の健をそれぞれ打ち抜き、飛んできた弾や獲物も弾き返してやる。ついでに苦しめるための一発も打ち込んでやれば、そこは一瞬で阿鼻叫喚の世界に変わってしまった。
「さて、どこの誰の命令で私を狙ったのか、吐いてもらおうかしら」
「……」
 唯一、リーダー格の男だけは最後の一発だけは撃たないでおいた。動けないし獲物も握れないが、話す分には問題ない。だが、驚きで声を失っている様子だ。まったく、舐めてかかられたものだ。
 さて、このままだとまだ黒幕を吐かないだろうから、次の段階に進む。
「ギャアッ!!」
「!?」
 突然、隣に転がっていた男の一人が苦しみの声を上げ、リーダーの男も驚いた様子を見せる。
「あなたが吐かないなら、お仲間が苦しむ事になるわよ。死なない程度にゆっくり、ね。さて、次はどこを狙おうかしら?」
「……っ!!」
 そして、無言で次の男に弾を打ち込む。サイレンサーがついているので銃声はしない。するのは男達の呻き声だけだ。
 ゆっくり、十発程撃っただろうか。そろそろ引き金を引くのにも飽いてきた。
「……そろそろ、吐いてくれないかしら。まぁ、弱者を苦しめるのも心苦しいし、それは終わりにしてあげましょうか?」
「!!」
 一瞬、男の目に希望がちらつく。しかし。
「ぐっ……!」
「!!」
 突然、仲間の一人が断末魔の一声を上げ、息を引き取った事で、男の焦りが一層増す。
「五秒ごとに一人殺すわ。さて、何人生き残れるかしら?」
「なっ……!!」
 こういった男は仲間意識が強い。リーダーは責任感も強いのだろう、一気に狼狽えて迷いを見せる。
「さて、五秒経ったわ。次の一人ね」
 ゆっくり見せ付けるように仲間の男に照準を合わせてやると、遂に観念したのかリーダーが声を上げた。
「ま、待て!待ってくれ!話す、話すから!」
 その言葉に拳銃を下ろしてやると、男はひとつ息を吐いて話し始めた。
 予想していた組織のひとつが黒幕だとわかり、内心溜め息が出る。そして、いくつかの質問をして欲しい情報をすべて引き出してしまえばこの男達も用済みだ。
「これで、俺が話せる事は全部話した。もう、助けてくれ」
「そうね。私が聞きたいことは聞けたし、終わりにしましょうか」
 その言葉を聞いて男はほっとした様子を見せる。気が抜けたのだろう。――だから、反応が遅れた。
「!?」
 下ろしていた銃を構え、四人の男達の息の根を止める。まだ生きているのはリーダー格の男だけだ。
「なっ……!助けてくれるんじゃなかったのか!?」
「あら、私、そんな事言ったかしら?」
「そっ……なっ!」
 拳銃の照準を男の眉間に合わせる。
「それじゃあ、地獄でまた会いましょう」
「悪魔……!!」
 それが、男の最期の言葉になった。

***

 部屋に戻るとエヴァはまだ眠ったままだった。
 隣に座り、前髪をさらりと払ってやると、気配でかエヴァを起こしてしまった。
「……起こしちゃったわね。まだ寝てても大丈夫よ。ゆっくりおやすみ」
「……どこか、行ってきたのか……?」
 眠そうにぐずつくと、こちらの手に腕をのばしてきた。少し、冷えていたのだろうか。気付かれてしまったようだ。
「ちょっと水を取りに行ってきただけよ。まだここにいるから、もう少し寝なさい。……今度はちゃんと起きるまでそばにいるから」
「ん……」
 エヴァの隣に滑り込むと、彼は己の手を抱き込むようにして目を閉じる。
「おやすみ、愛しい子」
 瞼にひとつ、キスを落とすと、彼は安心したように眠りに入っていった。
 大事なものは必ず守る。物も、もちろん人も。今度こそ、失わないように――。
To be continue.

2020/06/29 up
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