Whimsically.

《アダルジーザ・エヴァ・ヴァヴィロフ》

薄暗がりの中、ひとりの少女に複数の男達が群がっている。
前後に挿入している男が一人ずつ、口淫をさせている者が一人に彼女の戒められた男性器や胸を弄っている男達が二人。
つまり、彼女は女性器も男性器も持つ両性具有というやつだ。物珍しさが慰み者にされているひとつの理由かもしれない。
しかし、慰み者といっても彼女に嫌がっている様子はない。
ただし正気でもないが。
恐らくは麻薬かなにかを使われているのだろう。目はどこにも焦点が合っておらず、ただひたすらに快楽を求める人形になっている。
どれくらい経ったのだろう。とうに彼女の正常な感覚が閉ざされている頃の事だった。
大きな爆発音と共に、倉庫のような重い鉄製の扉が紙切れのように吹っ飛んでいった。
「……はぁい、屑共。よくも私の身内に手を出してくれたわね」
救いの女神の顔は彼女の後ろから差し込んでいる光によって見えなかった。男達にも。そして、当然、少女にも――。

***

暗闇の中でもがいていた。
自分の指先ですら見えない中で、息も出来ないが、死にもしない。
呼吸をしようとすると泥のような暗闇が肺を満たすばかりで苦しさはなくならないのに、息を止めるのも辛くて、結果闇を呑み込み更に苦しむ。
どうにかこの苦しみから逃れたいのにその方法がわからなくて、抑えつけてくる暗闇を全身で暴れて退けようとする。
永遠にも一瞬にも思えるその中で、ふと光を見つけた。
希望の一筋に必死に手を伸ばし、そして――。
「目が覚めた?」
目を開けると、自分によく似た美しい女性の顔が視界いっぱいに入ってきた。
覆い被さってきていた彼女が身を起こす事で、つられて自分も起きようとしたのだが何故か腕が震えて上手く起き上がれなかった。
「……あぁ、薬の後遺症で体が震えるのね。起きたいの?」
そういうと、彼女は身を起こすのを手伝ってくれ、何故かベッド下に落ちていた枕を背中に入れて支えてくれた。
「あなた、だれ……?」
震える舌でなんとか訊ねると、彼女はすんなり答えてくれた。
「私はナスティア=ヴィト=ラフォレーゼ。あなたの遠い親戚よ」
「親戚……?」
「ええ。ご両親の葬儀で会ったのだけれど、覚えていない?」
“両親”“葬儀”
その言葉で今まであったことが走馬灯のように思い出された。
両親が死に、争論の末、親戚の家で暮らすことになったのだが、ある日突然知らない男達に引き渡され、変な薬を打たれ、それから――。
「大丈夫?」
知らず体が震えていた。
肝心の所は記憶が曖昧だが、あのおぞましい感覚は覚えている。だが、そんな事、少したりとも思い出したくもなかった。
「……あなたも、わたしを、あの男達の所に……?」
恐々とそう言って、驚いた顔をしたナスティアの顔をじっと見やる。
自分や母によく似た美しい顔やほっそりとした腕や脚にはあちこちにひっかき傷のような痕があり、それは新しいものや古いものも混ざって、まさに生傷絶えないというやつだ。
銀色に輝く髪は高くひとつに結ばれていて、少しほつれたその間から、母より澄んだみどり色の目が驚きに見開かれている。
そして、じっと観察していると、その目が細まり薄い笑顔になって、安心させるような声音で答えてくれた。
「大丈夫。あなたは二度とあんな目に遭わない。私がそうさせない。必ず私が守るわ」
だから安心してちょうだい。
そう抱きしめてくれた体はあったかくて、亡き母を思い起こさせて涙が出てきた。
(そっか。もう怖い思いはしなくていいんだ……。)
ナスティアの声は決意に満ちていて、とても嘘には感じられなかった。きっと、あそこから助けてくれたのもこの人だ。記憶はなかったが、なんとなくそうだと思った。ひとにさせておいてその好意や責任を横取りするような人には思えなかったから。
そしてこれは、後で聞いたことなのだが、やはり助けてくれたのは彼女自らで、その後の自分はかなりの期間、意識が朦朧としていたらしい。極度の麻薬中毒になっていたそうだ。そして、薬が抜けるまで、禁断症状に暴れる自分をつきっきりで看護していたという。あの時の生傷は暴れる自分を押さえ込んでいた時にできたものだったそうだ。
ひと通り泣いて落ち着くと、少し、彼女の顔を見るのが恥ずかしかった。
十四にもなって人前でわんわん泣いたのだ。あんな事があって当然だと言ってくれる人もいるだろうし、目の前の彼女もその類だと思ったが、それでも気恥ずかしさは抜けない。
「落ち着いた?そうしたら、今後の話でもしましょうか」
「今後……?」
その言葉に思わず顔を上げると、彼女は優しげだけど真面目な顔をしていた。
「あなたがどうしたいかよ。勿論、このまま私の所に来て養子になるのもいいけれど、私はあなたの希望を一番に聞きたいの。あなたは、どうしたい?」
「養子……」
その提案は嬉しいけれど、大好きだった両親を捨てることにはならないだろうか。だいたい、彼女の年齢はいって二十歳だ。下手をするとそんなに年の変わらない彼女の養子になることなどできるのだろうか。
それを伝えると、ナスティアは苦笑してそっと教えてくれた。
「ハイランダー症って知ってる?体の成長が突然止まって、死ぬ数日前に急激に老け込むって病気。この病気は精神の成長も一緒に止まる事もあるのだけれど、私の場合は体だけだったわ。だから見た目はずっと十八歳なのだけれど、私はあなたの大伯母、つまりラフォレーゼのお祖父様の姉にあたるの。だから、結構なおばあさんなのよ?」
それに、と続ける。
「養子になることはご両親を捨てるという訳ではないと私は思うわ。……言いにくいけれど、あなたの事はご親戚の中で大変な事になっているの。このまま放置するのはよくない程度にはね。そして、私は親等が離れすぎてなかなかそこに介入できない。だから、どうにかしたいのだけれど……」
気持ちは嬉しかった。とても。だけど、新しい親を持つ気にはなれなかった。両親が、とてもとても好きで大切だったから。
「……そうね。そうしたら、私はあなたのお姉さんになろうかな」
「お姉さん?」
ふと顔を上げて彼女を見ると、穏やかな顔で笑っていた。
「私の両親、つまりあなたの曾祖父母は既に亡くなっているわ。その戸籍にあなたを入れる。それを成すための伝手はあるし、もう亡くなってる人を新しい両親にはできないわ。……どうかしら?このあたりで妥協してくれると助かるのだけれど。勿論、無理にとは言わないわ。別の案がよければ遠慮なく言ってちょうだい」
話すにつれて少し困った顔になったナスティアは、とても誠実に思えた。自分をとても心配してくれているのだ。それならば、その気持ちに応えるためならば、戸籍上の新しい父母はもう死んでいるのだから両親じゃないと、そう思うこと位できると思った。
「……条件があります」
「何かしら」
「わたしを、いえ俺を男として扱ってくれませんか。もう、男でもあり女でもあるこんな俺を、利用されたくはないから」
「……わかったわ。戸籍上もちゃんと男性に変えておく。安心して。あなたを利用する事なんて、二度と、させない」
「ありがとう」

***

そして、俺は彼女の弟になった。
彼女の勧めで医師の免許も取った。
昔は、いつかひとりになってしまった時に身を守る術が欲しかったのだ。
それを言ったら、少し寂しそうな顔でだが、医者としての地位を確立するのはどうかと勧められた。
それなら彼女への恩返しもできるかもしれないと、その道に進んだ。
その途中で多少、性格はねじ曲がったが、彼女のせいではない。自分を守るための武器だったんだと思う。
そして、彼女の裏社会での仕事に役立つための術もなんとか身につけた。
彼女のその顔を見たときは驚きはしたが、忌避する気持ちは一切湧かなかった。逆にこれで、自分にも恩を返せるチャンスになると、離れようとする彼女に食い入ったものだ。
現在、彼女の組織で医療班の長をさせてもらっている。
彼女が大切にしてくれたものだ。自分の身を危険を晒すような危ない事はもうしない。彼女を悲しませるだけだとわかったから。
だから、死なないし、死なせない。それが、俺がここにいる意義で恩返しだと思うから。
だから、絶対――。
「お前を死なせたりしねーよ。俺に任せとけ」
to be continue.

2020/06/29 up
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