Whimsically.

《アゼルディーシャ・ソル・ラフォレーゼ》

「あ、いたいた。ナーシャ姉!」
「あら、アゼルじゃない。また稽古つけてもらいに来たの?」
とある諜報組織に顔パスで出入りし、主の顔を探しにうろついていると、わりとすぐに彼女を発見する事ができた。
「そうそう。エヴァ兄いる?いなければデューン借りたいんだけど、だめ?」
忙しそうな彼女に駆け寄り尋ねるとあっさりと許可が下りた。今日の彼らはそこまで忙しくはないらしい。
「いいわよ。ただ、今アディは外に出してるの。もうすぐ帰ってくるとは思うけど。それまでデューと稽古してるといいわ。帰ってきたら行かせるから。確かこの時間だと第三訓練室が空いてたはずね?」
最後の一言は一歩下がって控えている、秘書の仕事もしているデューンに対してだ。
「はい。そうですね。十九時までは空いております」
「じゃあ、そこで稽古つけてあげて。アディが行ったら帰ってきてちょうだい」
「かしこまりました」
「サンキュー、ナーシャ姉!デューンもよろしくな」
「はい」
そして、デューンと連れ立って訓練室へと向かう。
訓練室とはその名の通り戦闘訓練に使うための部屋で、重火器などを使っても衝撃吸収したり周りに響かないような造りになっている。勿論、そう簡単には壊れないので安心して力を放つことができる。
二本の鉈を構えるデューンを前に、両手に集中する。空間を圧縮して不可視の長剣を作り上げる。
それを構えると、隙なく立っているデューンに向かって踏み込む。交差する。いなされる。もう一度構え斬る。かわされる。攻撃されてなんとか迎え撃つ。
剣士としては格段に上の相手に向かって挑み続け、何度目かに弾き返された頃に声がかかる。
「おー、やってるな」
「エヴァ様、お疲れ様です」
待っていたエヴァが帰ってきたようだ。しかし、アゼルは息が上がってすぐには声が出なかった。それを横目に、全く呼吸が乱れていないデューンはエヴァと挨拶を交わしていた。
「アゼル、少し休んでからやるかー?」
「…いや、大丈夫だ」
とりあえず深呼吸して、息を整える。そして、その間に相手はエヴァへと入れ替わる。
これからは、更に集中が必要となる。
「いつでもどーぞ」
「……ああ」
不可視の剣を構え直す。
エヴァは軽く立っているだけのように見えるが、隙は見当たらない。
勢いをつけて踏み込んで距離を詰める。構える動作のないエヴァに正面から切りかかるが、障壁に阻まれる。突破できない事が見て取れると、逆に距離を取るため下がる。
すると、その隙に同種の力のあるものだけが見える不可視の短剣がいくつも鎌鼬のように襲ってくる。なんとか避けるがいくつかは掠めて傷を作っていく。
痛みを意識的に無視して、もう一度切り込みに行く。今度は障壁はない。もう少しの距離。今度は届くか、と思えば眼前にエヴァの腕が突き出される。
そして、彼の手のひらに圧縮された空間が爆発し、身体ごと吹っ飛ばされる。
「まだまだ甘いな」
そう言って煙草に火をつけるエヴァ。余裕綽々だ。
こちらはいくつか手傷を負ったが、エヴァの方には一撃も届いていない。しかし、まだ諦めるには早過ぎる。
「……これからだからな」
負け惜しみにも聞こえそうなセリフを零すと、もう一度挑みにかかる。
今日は何回吹っ飛ばされるかな。
そんな言葉が脳内を掠めた気が、した。

***

「今日はその辺にしておいたら?アゼル」
「おー、姉貴。仕事はキリがついたのか?」
全身ズタボロで、床の上で仰向けに倒れていると、そんな言葉が聞こえてきた。
視線だけ入り口の方にやると、ナスティアが来ていた。いつも、頃合いを見計らって来てくれている。
「相変わらずボロボロねぇ。少しはアディに剣は届いた?」
そう言って、ナスティアはすとんとアゼルの横にしゃがみ込む。
そして、彼女はさらりとアゼルの前髪を流し、額に指先を当ててくる。
すると、そこから暖かい熱が流れ込み、次々に傷が治っていく。治癒魔法、とでもいうべきか。
まぁ、彼女に言わせると魔法とは別のものらしいのだが、傷が治るなら何でもいいと思うのは自分だけなのだろうか。
「はい、終了」
「……サンキュ」
指先が離れて行ったのを合図に治療が終了する。
どこにも痛みがないことを確認して起き上がると、無傷のエヴァが目に入ってきた。
結局、エヴァには一撃も当てることは出来なかった。いつものことだが、気が滅入りそうになる。
相手は何度も死線をくぐり抜けてきた、格の違う人間だとはわかってはいるのだが、こうも簡単に毎回ズタボロにされると、負けず嫌いが顔を出す。そして、何度も挑むのだが、芳しい結果が出たことはなかった。これまでは。
(次こそは一撃……!)
そう心の中で誓い、立ち上がる。
服はあちこち破れ血が染みていて使い物にならないので、着替える必要がある。毎度の事なのでちゃんと着替えは持ってきているから問題はない。シャワー室を借りよう。
「あら、帰るの?」
「ああ。エヴァ兄もナーシャ姉もデューンもありがとな。また近いうちに来るよ」
「そう。気をつけてね」
「次も楽しみだなー?」
「お疲れ様です」
煽ってくるエヴァにだけ、いーっと威嚇を見せるとシャワー室の方へと歩き始める。
怪我は治っているが、汚れは取れていないし、体力も回復していない。さっさと帰って休む必要がある。
(今度こそ……!)
いつか、自分と大事なものを守るための力をつけたいと思ったのが、この訓練を始めたきっかけだ。
昔は双子の弟を。そして、彼の手が離れた今は最愛の恋人を。
何かあったときに守れないのは悔しいし、後悔ばかりになってしまう。
後悔しないためにも強くならなくてはいけない。
守る力を、得なければ。
毎度毎度、負けることがわかっているのに挑むのは、守りたい、その渇望があるからだ。
強くなって大事なものを守る。そのために。
(いつまでも、挑み続けてやる)
To be continue.

2020/06/29 up
BACK← →NEXT
top