Whimsically.

《エヴァン・エリスク・ルーヴォア》

「まぁさか、エヴァやデューンはともかく、ナーシャにまで夫が現れるとはねぇ……」
 目の前の主人が手ずから淹れてくれた紅茶を飲みながら、感慨深く溜め息をつくと、彼女は全く表情も変えずに言った。
「私も驚いたわ」
 ……全く驚いているようには見えない。
 あの男が現れた時は非常に珍しく狼狽えたらしいが、この女が狼狽える所など想像も出来ない。いつも取り澄ました顔で飄々としているのに。
「カミサマって、いるんだねぇ……」
「勿論いるわよ」
 その何もかも悟ったような言い様に、ふと、この顔を歪ませてやりたい衝動に駆られる。
「ダンナがいるのに俺とお茶してていいわけ?浮気にならない?」
 机に身を乗り出して、にやつきながらからかってやる。
「主人が食客をもてなすのを浮気と言うのは聞いた事ないわね」
 さらりと返されてしまうが、これでこたえる俺ではない。
「じゃあ、俺と浮気しない?ダンナと同じ褐色肌に黒髪だよ?」
「目の色が全然違うから似てるという印象は全くないわね。だいたい、外見で選んだ旦那ではなくてよ」
 これは揺らがないなという事が見て取れたので、野望は諦める事にする。諦めの良さは俺の良い所のひとつだと思っている。
「あーあ、俺にも恋人のひとりでも出来ないかなぁ~!ナーシャ、誰か紹介してよ」
「物を頼む態度ではないわね。それは」
「お願いします!ナーシャ様!」
 すぐさま態度を翻すが、返ってきた返事は色よいものではなかった。
「出会いとは人に用意してもらうものではなくてよ。それに心配しなくても、その時が来れば嫌でも出会うわよ」
「そんなもんかねぇ……」
 椅子の背もたれに体重を預け、空を仰ぎ見る。そして叫ぶ。
「神様!俺にも恋人下さい!色っぽい美人がいいです!お願いします!」
(まぁ、無理だろうけど)
 叫んでみていると、向かいの席で呆れられている気配がする。だが、そんな事は気にしない。
「だってぇ、俺だけ独り身ってさみしーじゃん。欲しいよ、恋人。ほんとに」
 大きく溜め息をついて机に突っ伏すと、上から小さく声がした。
「……大丈夫よ。近い内に、あなたにも……」
 少しだけ顔を上げて彼女に視線をやると、困ったように微笑っていた。
 ふーん、と体を起こすと、残っていた紅茶を飲み干して立ち上がる。
「んじゃ、ナンパでも行ってきますかね!出会うきっかけは逃さないようにしなきゃだからなー!」
「組織の中の人間はやめてちょうだいよ。トラブルは御免だわ」
「わかってるっつーの。エヴァ以外の奴に手ぇ出してねーじゃねーか。あいつはあんたの紹介だから、カウントなしだろ?」
「そうだったわね。……というか、あなた達、お互いの事 “エヴァ”って呼び合ってて混乱しないの?部下の中には戸惑ってる子とか、居るわよ?」
 先程の顔はすぐになりを潜め今の彼女は普段通りの表情だ。
 ただ、さっきの野望は叶えられたのもいうに、特にいい気にはならなかった。
 そして、それを払拭するようにニヤリとして楽しみのひとつをさらしてやる。
「別に俺がそう呼ぶのはあいつだけだし、あいつもそうだから困った事はねーな。逆に外でやると周りが混乱してて、見てると面白いぜ?」
「悪趣味ね。あなたも、あの子も」
 今度は完全に呆れているのだろう。わかりやすく顔をしかめている。
 そして、丁度彼女も紅茶を飲み終わったのか、空のカップをソーサーに戻し、控えていた護衛に合図をして立ち上がる。
「まぁ、自由にしてちょうだい。――あの件は頼んだわよ」
「りょーかいしました」
 これで要件は済んだとばかりに席を立って帰っていく彼女を何とはなしに見送っていたら、ちらりと、本当に一瞬だけ振り向いた。その表情が何か言いたげだったように見えたのだが、何しろ時間が短すぎて判断がつかなかった。
 まあ、何かあれば言ってくるだろうと気持ちを切り替え、街に繰り出す事にする。
 そして、勿論、その先に運命の出会いがあることを、俺はまだ知る由もなかったんだ。
To be continue.

2020/06/29 up
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