Whimsically.

一夜の過ち、気付かぬままに

「おにーさん。何か探しもの?」
 和樹が繁華街を通りかかった時。紅髪紅眼の派手な外国人に声をかけられた。
「……いや。と、いうか君のが年上じゃないか?」
「まあ、細かい事は気にしない気にしない」
 和樹はこの男の相手をするかどうか少々迷ったが、赤という色に気を引かれ、つい答えてしまった。
 紅い男はそれに気を良くしたか、勝手に和樹と腕を組みながら、覗き込むようにして和樹を見ながら話を続けてきた。
「俺、今ヒマしてんの。家に帰ってもつまんないし……。ねえ、俺と遊ばない?上手いよ?」
 紅い男の年頃は見たところ大学生くらい。和樹よりいくつか上に見えた。
 容姿も派手さが目立つがスタイルもよく、顔の造作も整っている。
 和樹自身もルックスは良い方だがこの男はまた違ったタイプのようだ。
 そして。
「遊ばない?か……。確かにちょっと羽目を外したい気分ではあるけど……。」
 和樹は鬱屈としていたのだ。周囲にとって。自分自身にとって。
「じゃあ、俺がその羽目を外してあげるよ。俺を好きなようにしていいから。ね、いいでしょ?」
 和樹は少し考えた。確かにこの鬱屈を抱えたままでいるのはよくない。誰かに当たってしまってからでは遅い。ならばーー。
「……いいだろう。どこのホテル入るんだ?」
「やりぃっ!こっちこっち。」
 そして、和樹は紅い彼の誘導に従い歩みを進めた。

+++

「おにーさん。シャワー浴びる?」
「ああ。いや、先にどうぞ。」
「そ?じゃあ、遠慮なく。」
 二人が連れ立って来たのは勿論そういうホテル……ではなく、少し離れた場所に位置する、そこそこに格式のあるホテルだった。
 紅い彼はこのホテルに寝泊まりしているようだ。
 和樹は手持ち無沙汰にソファに身を沈めると、品を損なわない程度に部屋を観察した。
 この部屋はリビングと寝室が別になったタイプの部屋で、上層階にも位置し、それなりに値段のする事が窺える。
 その分、家具も上等なもので、インテリアも高級感漂う上品なもので構成されている。
 和樹は適当にテレビをつけてみたが、特に面白そうな番組もなく、すぐに消してしまった。
 さて、どうするかと和樹がもう一度深くソファに身を沈めると、紅い彼がバスローブ姿でシャワーから出て来た。
「お待たせ。次どーぞ。」
「ああ。」
 促されるままにバスルームに向かう。
 流石に安いホテルと違い、風呂とトイレは勿論別で、ユニットバスでもなく、きちんと広いジャグジーと洗い場が設けられていた。
 そこで和樹は手早く汗を流し、紅い彼と同じくバスローブを羽織ると風呂を出た。
 すると、いつの間にか先程まで煌々と点いていた電灯が落とされ、オレンジ色の優しい光に切り替わっていた。
 そして、リビングを見回したが彼の姿が見当たらず、寝室へのドアが開け放たれていた。
 和樹は特に迷わず寝室へと向かうと、彼はベッドの上で片膝を立て、こちらの部屋にもあったテレビのリモコンをつまらなさそうにいじっていた。
 しかし、すぐに和樹に気付くと軽い笑顔で見返してきて、冗談じみた声をかけてきた。
「エロチャンネルあるんだけど、おにーさん、見る?」
「……いや。」
「そう。」
 和樹が軽く頭を振ると、何の未練もなくテレビを消して、リモコンをナイトテーブルに置いた。
 そして、そのまま彼は誘うように、見えるか見えないかギリギリの幅まで脚を広げ、片腕を差し出した。
「じゃあ、俺と遊ぼっか?」
 その言葉に誘われる様に和樹は広いベッドに乗り上げ、彼の腕を取ると、身体ごと引き寄せ唇を合わせた。
 始めは合わせるだけの口付けだったが、紅い彼の誘いに乗り、差し出された舌を追い掛ける様にして舌を進める。
 彼の腕は和樹の首にまわり、深くなる口付けを楽しんでいるのが伝わってくる。
 和樹は積極的に絡ませようとする舌を時に相手にし、時に無視して口腔内を探りながら、手は彼の肌を滑らせ、バスローブをはだけさせる。
 そして、胸の飾り粒の周りギリギリまでを撫でながらも、快感の決定打は与えない。
 そのまま、手を下の方へと滑らせ、脇腹をくすぐる。
 彼がそれに感じている事を吐息と肌の温度で確かめると、背中まで腕を回し、ゆっくりと身体を横たえる。
 そうして、やっと唇を離すと銀の糸が伸び、彼がたまった唾液を飲みこむ音が聞こえた。
「……おにーさん、上手いね。もう、キスだけでイっちゃいそう。」
「何言ってんだ。まだまだだろう?」
 確かに彼の中心は固くなってきてはいたが、まだ達するには程遠い。快感を煽るための口だけなのが分かる。
「ふふっ。でも、おにーさんが上手いのはホント。当たりだったね。」
「……人を物の様に言うな。」
 今度は和樹の方から噛みつく様に口付けると、彼の喉が鳴ったのが聞こえてきた。
「んっ……んん、……。」
 唇を割り、舌を滑り込ませ、歯列をなぞり、彼の舌を甘噛みする。
 口腔内を激しく蹂躙しながら、和樹は紅い彼のバスローブの紐に手をやり、簡単に解くと完全に前をはだけさせた。
 そして、今度は焦らす事なく胸の粒を指で転がし、彼の快感を煽ることを意識する。
「んんっ……!」
 彼は素直に快感を受け止め、楔も完全に上を向き、和樹のバスローブと擦れる様に腰を悶えさせる。
 色めいた吐息が漏れる。
「んっ……ふぁ……。」
 再び唇を離すと、彼の肌が上気しているのが目に入り、目は若干潤みながらも、まだまだ物欲しそうに和樹の身体を見やってくる。
 それに応える様に己のバスローブも脱ぎ去ると、和樹の男根が緩く立ち上がっていた。
 彼はそれを見つけると、目を細め、身体を起こして、和樹の腰に腕を回すと、見せつけながら、ゆっくりと和樹のモノを口に含んだ。
「おいっ……。」
 和樹が諫めながら彼の肩に手をやるが、彼は上目で挑発し、楽しそうに見つめると、尚更音が立つようにして舐め始めた。
 喉の奥まで深く呑み込んで根元まで全部を収め、先端を喉に擦り付ける。唇で扱く様に頭を動かし、くびれを甘噛みする。時に口を離すと舌を丁寧に裏筋に這わせ、袋を揉みながらまた口に含み、先端の穴に舌を立てる。
 彼の巧みな口淫に和樹の楔は確実に育っていった。
 そして、彼は和樹の先走りと自身の唾液に濡れた手でバスローブを捲り己の後孔に指を伸ばした。
「おいっ……!」
 再び和樹が諫めるが、彼は気にした様子もなく、口淫を続けながら、己の後孔をほぐしていく。
「ったく……。」
 和樹は止める様子のない彼を見て、自分の指に唾液を絡ませると、その指を彼の蕾に突き立てた。
「んんっ……!」
 突然増やされた指に驚いた彼が上目で見やってくるが、今度は和樹が無視する番で、若干乱暴に中を解す。
「んっ……んっ……!」
 和樹は彼の秘所を探り、解しながら感じる場所を探す。そして、程なくしてその場所を見つけ出した。
「んんっ……あっ、ん……!」
 強烈な快感に彼は思わず和樹を口から離すと、感じる場所ばかり責め立てられる快感に喘ぐ事しか出来なくなり、彼は腕を和樹に絡ませたまま崩折れ、結果的に腰だけを高くして、後孔を更に攻めやすくした。
「んあっ……あっ……んっ!」
 和樹は、彼自身の指を引き抜くと、その分己の指を増やし、挿入出来るように丹念に解していった。
「そろそろか?」
「ん……もういれて……。我慢出来なっ……あぁっ。」
 和樹が指を抜くと、彼は喪失感にわなないた。
 そして、彼はもう一度和樹自身を口に含み、しっかり唾液を絡ませると、身体を起こし、逆に膝立ちだった和樹を横たえた。
「ねぇ……おにーさん、騎乗位って、好き?」
「……そうしたいのか?」
「ん……シたい。」
「好きにしろ。」
 和樹が若干投げやりに許可を出すと、彼は腕に絡まったバスローブを脱ぎ捨て、和樹に跨がり竿を後孔に合わせ、ゆっくりと身を沈めていった。
「んっ……。」
 ローションと違い、乾きやすい唾液では少々滑りが悪い。
 じれったい挿入に、和樹は彼の腰を持つと下から突き上げ、一気に奥まで差し貫いた。
「んんっ!?っあー!!」
 感じる場所を擦りあげられ、奥深くまで侵入した熱い楔に、彼は快楽の絶頂に達し、和樹を締め上げる。
「くっ……。」
(持ってかれるかと思った……。)
 和樹は彼の反らした身体を背中に伸ばした腕で支え、そのまま己の身を起こして彼を押し倒す。
「君、入れただけでイけるんだな。」
「ん?んー……まぁ……。」
 まだ呼吸が整っていない彼はそれでも和樹の問いに答え、快楽に潤んだ瞳で見つめてくる。
 その視線はまだ満足していないと語っている。
「動くぞ。」
「ん。」
 和樹は彼の腰の下に枕を入れ、脚を肩に引っ掛けて動き出す。
「あっ……あっ……あっ……!」
 深く差し入れ突き立てて、浅く擦り焦らしたり、時には快楽にのめり込ませるように感じる一点を責め立てる。
 その度に、肉壁は絡みつきもっともっとと求めてくる。
「もう……イくぞ。」
「んっ……なか……ナカに出して……!」
 彼は和樹の背中に引っ掻き傷をつけながら、和樹を締め付けて離さない。
 そして。
「っ……!」
「あぁっ……。」
 和樹が達し、彼の中に数度に分けて熱いものが放たれる。
「ふ……。」
「ん……。」
 和樹は余韻から抜け出すと楔を引き、彼の隣に横になった。
「……ねぇ、俺、よかったでしょ。」
「……まあ、な。」
 彼はうつ伏せになり和樹の顔を覗き込んでくる。
 そして。
「でも、俺の、まだ満足していないんだよね。今度はおにーさんがネコやらない?」
 彼は、ゆるりと立ち上がっている己を指しながら、にっこり笑って提案した。
「そっちも出来るのか。」
「ま、ね。で、どーする?おにーさん。無理にとは言わないけどさ。」
 和樹は少々考えて答えた。
「そっちはあまり慣れていない。準備もしてこなかったし。無理じゃないか?」
「それは大丈夫。ゴムとローション、あるから。」
 彼が笑顔でナイトテーブルの引き出しからそれらを出し、掲げて見せると、和樹は呆れた顔をした。
「あるのならさっきも使えば良かっただろ。言えよ。」
「いや、なんとなくタイミング逃して。いーじゃん。結果的にお互い気持ちよくできたんだし。」
「そうかもしれないが……。」
 楽天的な彼に、今度こそ和樹は呆れると、考える事も面倒になってきた。
「もう、したかったら、しろ。知らん。」
「やりぃ!」
 和樹は仰向けになったまま、目を閉じた。自分から動く気は更々無い。
「じゃあ、いただきます。」
 そして、今度は立ち場が入れ替わってのセックスが始まった。

+++

「あれ、おにーさん、帰るの?」
「ああ。」
 彼が先程使わなかった方のベッドで――驚く事にこの部屋にはかなり大きめのベッドが二台あったのだ――横になりながら、風呂上がりに服を着始めた和樹を見上げてきた。
「別に泊まっていけばいいのに。」
 それには無言で返すと、和樹は身支度を終える。
「じゃあな。」
「ん。バイバイ。また会ったらシよーね。」
「……気が向いたらな。」
「じゃあ、気が向くのを期待してるよ。俺、しばらくはここ泊まってるし、気が向いたら連絡ちょーだい。」
 和樹はひらひらとメモを手にする彼にチラと視線をやるが、そのまま迷うこと無い足取りでドアへと向かって行った。
「……やっぱりね。結構気に入ってたのに。でもバイバイ。おにーさん。」
 そのメモにはゲイネームではなく、本名と直接の連絡先が書かれていた。
 彼の名はアゼルディーシャ。まだ本気の恋を知らない、寂しい男だった。



【数年後】

「なぁ、アゼルはこういう所、恋人とは来ないのか?」
 和樹は物静かなバーでグラスの酒を舐めながら、隣に座る紅い髪・紅い隻眼の男を見やる。
「あぁ、まだコーコーセーなんだよ、あいつ。」
「そういえばそうだったな。じゃあ、いつもはひとりで来るのか?それとも誰かと?」
 ゆったりとしたカウンターで酒を飲み交わす二人は、お互いの双子の片割れが付き合い出したのをきっかけに時々会うようになった。
「仕事仲間で飲みに行くのを別にしたら、殆どひとりだな。だから和樹を誘ったんだよ。……アルディや芳樹を誘ってもよかったんだが、散々惚気られて終わりそうな気がしたからな。」
「あー……確かに。」
 お互いの片割れ、アルディと芳樹はいわゆるバカップルであり、四人で会うと和樹とアゼルは若干爪弾きというか、居場所無さ気になってしまう。
 和樹はそれを思い出したかのように一瞬遠くを見やると、今度はアゼルの方から問いかけてきた。
「お前はどうなんだ?和樹」
 アゼルはワイングラスを傾けながら、隣に座る和樹の方をちらと見てみる。
「俺か?俺はまあ、たまとも飲みに行かない訳じゃないが、部屋で呑むか、外なら食事がメインな方が多いかな。」
「そうか……。じゃあ、お互いゆっくり飲みたくなったら、また来ようぜ。お前となら気分良く飲めそうだ。」
「ああ。それは同感だ。」
 二人は笑い合うと、また静かに酒をあおり始める。
「和樹は結構酒強いんだな。日本人は弱いヤツが多いみたいだが。芳樹もか?」
 アゼルはふと思い立ったように訊ねると、強い酒を飲んでいても酔った様子のない和樹の方を見る。
「まあ、そうかな。でも、アゼルも強いだろ。それ何杯目だ?」
「ん?んー……忘れた。いちいち数えてないからな。」
「それもそうか。……逆にアルさんはアルコール弱そうだな。まあ、芳樹が甲斐甲斐しく世話焼くだろうから問題はなさそうだが。」
「いや、それは違う。」
「?何がだ?」
 和樹が二人のバカップル振りを思い出しながら呟くと、思ったより強い否定が返ってきた。
「アルディのヤツ、滅茶苦茶酒強ぇんだよ。あいつが酔ってんの、見た事ねぇ。」
「……それは意外。そんなに強いのか?」
「ああ。ひとりでワイン何本空けても顔色ひとつ変えねぇでけろっとしてやがる。あいつにとってアルコールはただの水より飲みやすいみたいだ。」
「……それはまた……すごいな……。」
 和樹が言葉をなくしたように驚くが、それもアゼルにとっては慣れた反応だったらしい。彼はそのまま遠い目で話を続けた。
「だから、飲み比べ勝負に行かなきゃならない時はあいつを連れてく。周りが潰れてても、ひとりだけ素面で飲み続けてられるからな。」
「飲み比べ勝負に行かなきゃならない時って、どんな時だよ……。」
 驚きが抜けきらないまま、呆れを混ぜて呟いた和樹だったが、アゼルが特に気にとめた様子はなかった。
「それは付き合いで、さ。まあ、昔の話だよ。流石に今の歳ではやってないよ。」
「ふうん……。」
 そして、ふたりはまた酒をあおる。
「昔、か……。そういえば学生時代は俺も、結構色んな事やったなぁ……。」
「へえ……。和樹が、ねえ……。ちなみにどんな?」
 和樹が昔の思い出に気を馳せていると、アゼルが興味深げに話題に乗ってきた。
「色々はいろいろ、だよ。……そういえば、アゼルみたいに紅い男と寝た事もあったなぁ……。だいぶ昔だから、顔とか全然覚えてないけど。」
「へえ……。」
 和樹が腕を伸ばし、アゼルの髪に手を差し入れ、梳くように撫ぜると、引こうとした和樹の手にアゼルの手が重なる。
「俺も、あるかも。和樹みたいなヤツと寝た事。なんか、触り方とかが知ってる気がする。」
「へえ……。」
 しばらくの瞬間、見つめ合う二人の間に色めいた空気が流れる。
 しかし。
「ふっ……。」
「くっ……。」
 前触れもなく、空気は崩れ、微かな笑いに包まれる。
「実はヤった事あったのかもな、俺達?」
「そうだな。もしかしたら、な。」
 くつくつと笑い合う二人に本気の気配は無い。あくまで酒の席での軽口の応酬。
 しかし、それが本当に在った事なのだという事実を知る者は、誰一人居なかった――。

2015/11/16 up
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