Whimsically.

Your color is...?

「アーシャ……。」
「どうしたんだ、アルディ。また、いじめられたのか?」
「うん……。僕の色、気持ち悪いって。」
「そんなやつら、気にすんな!言いたい奴らには言わせておけばいいんだよ!」
「……。」
「俺だってアルディと一緒だ。辛くなったら、俺を思い出せ。俺はお前の兄ちゃんだからな!」
「――……うん……!」

+++

ピピピピピピ――――。
「――懐かしい夢、見たなぁ……。」
朝というには少し遅い時間、広いベッドでひとり目覚ましで起きたアゼル――幼少期、身内からはアーシャと呼ばれていた――は適度に鍛えられた体を起こすと、夢の追憶に浸った。
夢の内容は幼い頃、母親に引き取られた双生児の弟に会いに行った時の事だった。
一卵性双生児として生まれたアゼルとアルディは先天性の遺伝子疾患を抱えていた。しかし、幸いなことに、その疾患はほぼ外見上に関わるだけで、脳や四肢、知能などに異常は見つからなかった。
しかし、その外見上の違いは幼い彼らには大きすぎ、よくいじめの対象になっていた――まぁ、気の弱かったアルディと違い、アゼルの場合は生来の気の強さでいじめにも屈せずやり返してすらいて、ちょっとした騒ぎを起こす事もしばしばあったたのだが――。
そんな思考を流しつつ、身を起こしていたベッドから立ち上がると近くに落ちていたシャツを裸の上半身に羽織り、浴室へと向かった。
昨夜は遅くまで仕事をしていた為、着ていたものを適当に脱ぎ散らかして――といっても、下着とズボンは履いていたが――寝てしまったのだ。
ついでにそれらも拾って洗濯機に放り込み、寝汗を流した。
――ふと、薄く曇った鏡に映った自分の姿が目に入った。
均整のとれた身体、黄色人種とは違う白い肌に、そこそこある身長。紅く染めた髪に、紅い瞳。そして、左より若干薄い色をした、普段は隠れている右目。
その色彩は遺伝子疾患に因るものだった。所謂アルビノだ。全身の色素が異常に薄く、紅い瞳は血の色が透けているだけだ。近くでよく見ればわかる。そして、右の瞳はそれすらも薄く、視力もない。髪や眉も白いのだが、それは瞳に合わせた紅い色のカラーバターを使い、普段から染めている。睫毛もそうなのだが流石にそれは染めるわけにもいかず、マスカラだ。
それらの対策ができるようになったのは、それなりに成長してからだったから、やはり幼いころは奇異の目で見られた。
しかも、アルディはさらにその特徴が顕著で肌も透けるような白で、右目の色彩はなく白かった。気味悪がる者もいたと聞く。
(まぁ、今の環境なら気にならないんだろうが、それでも普通の生活を送るには目立つ色合いだしな。)
アルディは現在遺伝子工学の研究者として働いている。その為、遺伝子を研究している者たちの間にいるのならば、彼の容姿も理解される。それでも、アゼルが勧めたとおり、彼と同じくして染めたりしているのは研究所の外に出た時のことを考えてだろう。
アゼルは、もしかしたら、アルディは幼少期の経験がトラウマになっているのかもしれない、と思う事もある。
そんな事を考えながら、風呂を出て、バスローブに身を包み、髪を拭う。
(そういえば、そろそろあの連絡が来てもおかしくない頃だな……。それで、あの夢か?)
それは予感めいたものだったのだろうか。
心優しく繊細な弟――アルディが倒れたという連絡が来る、予感の。
(あいつ、研究に没頭すると寝食忘れて、倒れるまでのめり込むからな……。)
熱心な研究者であるアルディは度々倒れるまで研究をし続け、他の研究者が倒れた彼を発見する、という事態を両手の指では数え切れないほど犯している前科持ちなのだ。
そして、病院で点滴や栄養剤投与などを受け、退院後はアゼルのところへと担ぎ込まれるのだ。――一人にしておくと絶対安静どころか研究を始めかねない、という理由で。
自身もマイブランドのデザイナーとして仕事をしていると食事などを後回しにしてしまう事もあるので強く言えないしアルディの気持ちも分からなくもないのだが……。
(それでも倒れるほど根つめたり、他人に迷惑をかける程まではやらないぞ、俺は。)
無理して仕事をやり続けても、その後倒れて使い物にならなくなれば、結局その仕事は遅れていく。ならば、ある程度の休憩を挟んで効率的に進めていった方が仕事も捗るし、周りに迷惑もかけない。
勿論仕事だから無理を押してもやらなくてはいけない事もあるが、その後はきちんと休む時間を作ることにしている。
今日がその"休む時間"だ。
(平日だから昼間は無理だけど、その後なら多少あいつに会う時間、作れねぇかな。)
アゼルの恋人は七歳年下の、まだ高校生だ。幸い、今日は金曜日だから多少遅くなっても構わないだろうと携帯電話を手に取る。
(今は授業中で見れなくても、帰りまでにはメールも見るだろ。学校近くまで迎えに行くか。)
そうして、恋人と会う算段を付けようとメールボックスを開いた時、――電話が鳴った。それも――、
(……また倒れたのか、あいつ。)
いつもアルディが倒れるとアゼルに連絡を入れる、アルディの同僚からだった。
「……もしもし?」
多少不機嫌さを残したまま電話に出ると、内容はやはり、アルディが倒れたので連れて行っても良いか、という確認の連絡だった。
「……いつも、言ってるが。俺はそいつの親でも恋人でも愛人でもセフレでもなんでもねぇんだぞ?こっちにだって、都合があるんだ。」
口ではそういうものの、電話がかかってきた時点でアゼルは既に諦めている。それでも毎回言ってしまうのは愚痴でも言ってなければやってられないのと、多少の意趣返しだ。言われた方は八つ当たりもいいところなのだが。
それから二三言、言葉が返ってきたがそれを聞くのも面倒になって――本当に自分勝手で電話の相手がかわいそうな気もするが――肯定の言葉を返した。
「……もういい。わかった。連れてこい。」
そういうと通話を切ってしまう。
「はぁ……。ったく。せっかく仕事がキリついて、しばらくはあいつと居られると思ったのに。」
脳裏に浮かべるのは、かわいく愛しい恋人の姿だ。過去、散々遊んできたが、やっと初めて"愛しい"と思えるようになった存在だ。できるのならば、何より誰より優先したい。
しかし、社会人の責任として、仕事を優先しなければならない事は勿論あるし、アルディも放ってはおけない。ひとりにしておけば何するか分かったものじゃないからだ。
「……今のうちに買い出ししておくか。」
クローゼットから服を取り出し、身に着け、愛車である赤いフェラーリのキーを取って、エレベーターでマンションの地下駐車場へと向かった。

+++

「……で?言い訳があれば聞いてやる。」
栄養価の高い、それでいて食べやすく胃に優しいリゾットを彼に少しづつ食べさせながら、軽く睨め付けて問いかける。
それに小さくなって答えるのは、自身の部屋の中で彼用にと用意されている一室の、ベッドの上でクッションを背に少し身を起こし、なんとかもぞもぞと口を動かしていた弟のアルディだ。
「えーっと……。……実は……この間、過去、前例のない塩基配列を示したDNAデータが海外から送られてきて……その人の持病や、常用していた薬やサプリメントの情報とかもあって……それらのどれがどんな遺伝子間の相互作用を起こしてその病状に至ったのか気になって、それで……その……。ごめんなさい……。」
つまりは、またも研究に夢中になり、寝食を怠った結果だという訳だ。
本当に進歩の無い。
そう思いながらも諦めて深い溜め息をこぼす。台詞が尻すぼみになっているのは悪いと思っている証拠だ。今はそれでいい。
「分かってるんなら、倒れるまでやるな。周りに迷惑をかけるな。お前を心配するヤツは俺だけじゃないぞ。」
はい。と、反省した様子で殊勝に頷くが、今までだって、同じ様に言って来たのだ。また繰り返されるのは目に見えている。それでも同じ言葉を重ねてしまうのは、仕方のない事と言えよう。その後、暫くの間はきちんと自身と身の回りに気を配る様になるのだから。
「とりあえず、暫く外出は禁止だ。この部屋で大人しく養生してろ。」
アゼルは内心深く溜め息を吐きながら、アルディに言い渡した。

+++

「じゃあ、俺は仕事行くから。絶対に安静にしておけよ。」
「……はい。」
「じゃあ、すみませんけど、こいつの事よろしくお願いします。」
「はい。お任せ下さい。アゼルさんはお仕事頑張って下さいね。」
「ありがとうございます。」
アルディが担ぎ込まれて来ても、アゼルにも仕事があり、常にアルディの世話が出来ない時も勿論ある。そういった時にいつも頼む出張男性介護士がおり、今回は偶然アゼルの休みと重なった為、それなりにアルディも回復してはいたが、それでもまだアルディは人の手を借りなければならず、また、見張り――勿論研究を始めないかの、である――が必要な為、彼に来てもらっていた。
「じゃあ、行ってきます。」
「行ってらっしゃいませ。」
「……行ってらっしゃい。」
そうして、暫くの平穏な日々は過ぎて行った――。

+++

その数日後。自分の身の回りは自分で管理出来る程度には回復し、介護士も返し、食事の用意の為、近所に自ら買い物に出る事が許可される程になったアルディは、アゼルをぐったりと悩ませる問題を家に持ち込んでいた。
「なんで、猫……。」
にゃー。にゃー。にゃー。
アルディは産まれたばかりと思われる、片手に乗る程度のサイズの仔猫を三匹、段ボール箱にブランケットを敷いた中に収め、その箱を持って、困ったような笑顔――例えるならば怒られる事を予想して、やってしまった事をどうやって親に誤魔化し、機嫌を取ろうか悩む子供の顔で、アゼルを見つめていた。
「……だって、マンションのポーチの隅にこの箱に入れられて鳴いていたんだもの。アーシャの部屋、ペットOKだったし……。見捨てるなんて出来ないじゃない……。」
そういった優しさはアルディの美点ではあると思ってはいるのだが、今回のコレはアゼルの予想を反し過ぎていた。――まぁ、アルディの性格と仔猫達の状況を鑑みるだに理解は出来るのだが。
「お前、なぁ……。」
「だって、アーシャ、この子達が可哀想だとは思わないの!?」
「……確かに、思わない事もないが、自分の面倒も自分で見れていない人間の言うセリフじゃないな。それは。」
その言葉を聞いて反論出来ないアルディは箱を抱え込んでしゅんとする。
「じゃあ、アーシャが飼ってくれたら……!」
ふと、顔を上げて目を輝かせたアルディは、これなら!と一つの案を上げた。が、
「俺は飼わないぞ。」
アルディが言い終わるか終わらないか位でアゼルは即答した。
「俺は飼わない。」
「……アーシャ、猫、嫌いだっけ?」
アルディは半分むっとしながら、半分しゅんとして、猫に興味を見せないアゼルに問いかける。
「嫌いではないが、仕事も私生活も忙しくて充実してもいる。ペットを飼う必要性もないし、そんなに手の掛かりそうな小さな仔猫を飼うつもりは無い。」
その言葉を聞いたアルディは犬の耳と尻尾があればしゅんと垂れていそうな雰囲気で、箱の中の仔猫達を見つめる。
それを見たアゼルはなんとなく小さな子供をいじめているような気になり、自分の部屋だというのに、酷く居心地の悪い気分になった。
(俺も大概甘いよな……。)
「ところで、お前、最近引っ越そうとしてるんだってな。」
「うん。それがどうかした?」
 アルディが今勤めている研究施設から自宅までは少し距離があり、交通の便も悪い事から、もっと施設に近いマンションに引っ越そうと考えているとの事を小耳に挟んでいた。
「次の引っ越し先はペットも飼える所にしろ。」
「え?」
「引っ越すまでは預かっていてやる。但し、こいつらの世話は自分でしろよ。」
「うん……!ありがとう、アーシャ!」
正に満面の笑みを浮かべたアルディは、仔猫達によかったねーと声をかけていた。
(ペットを飼うと生活習慣も変わるって言うし、これでぶっ倒れる事が減れば、まぁ預かる価値はあるだろう。)
そんな事を考えながら、アルディ達の様子を眺めていた――。

+++

そして、一ヶ月後。
アルディは、仕事に復帰する前までの短期間で、早々に引っ越し先を見つけて来、更に早速入居する事になったのは、アルディが仔猫達を連れ込んでまだ約一ヶ月程しか経っていない頃の事だった。
それまで毎日仔猫達の世話を細々とし続け、手のひらサイズだった仔猫達は一回り以上大きくなっていた。
「じゃあ、ありがとね、アーシャ!」
「どーいたしまして。これからはそいつらが居るんだから、ぶっ倒れるまで研究なんてするなよ。」
「うん!気を付けるよ!」
輝かしい笑顔で、今までより数段良い返事をしたアルディを見て、こんな事ならもっと早くペットを飼わせるべきだったか?とアゼルは思った。
(ま、これで倒れる事が無くなれば万々歳だ。)
そして実際、その後、入院や介護の必要がある程の酷い不摂生は無くなったのだった。

2015/11/16 up
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