傷痕。
潤夜は、しとしとと雨の降る窓の外を見て、心配そうに声を掛ける。「雨だな……。傷痕、痛まないか?」
龍牙の前髪に隠れた左目の古傷。
それは、今日みたいな雨の日には、痛み出す事もある。
「気にする程じゃない。」
龍牙はあくまで大丈夫だと主張するが、その表情は少し曇っている。
「ホントか……?」
傷痕を隠す為に片側だけ伸ばした前髪。
潤夜は龍牙に近寄ると、その前髪をかきあげ、指が触れるか触れないかの距離で傷痕を辿る。
「あぁ……。」
龍牙はそっと瞼を閉じた。
「我慢、するなよ……?」
心配を募らせる潤夜。
「分かってる。」
睦言の様に甘い空気の中、交わされる会話達。
それは、生まれてからの長い年月を共にした2人だからこそ、醸し出しえるものだった。
「嫌な雨ね……。あの時を思い出させる。」
冷たいガラス窓に手をつき、呟く。
「そうだな。お前の顔を曇らせる。」
白いシーツのみをその身に纏わりつかせる男女2人。
「また、そう言う事を……。」
結婚して優に十年以上経つその2人は、しかし、未だ新婚の様に甘い蜜月を過ごしていた。
「俺は思った事を素直に言っただけだよ。雅姫(マキ)。」
ふたりきりの時にしか囁かれない本名に、雅姫と呼ばれた女性は頬を赤く染める。
「戯れを。あなたもそろそろ仕事の方に戻られた方がよろしいのでは?あの子に任せきりなのでしょう?」
誤魔化す様に顔を逸らし、窓の外を眺める雅。
「龍は優秀だ。そして、潤も。心配は何も無い。」
雅を後ろから包み込む様抱きしめ、耳元で呟く。
「……私達の可愛い子供、リョウ。幸せになって欲しいわ……。」
雅は自身の前で組まれた腕にそっと手を乗せる。
「あぁ。そうだな……。」
冷たい雨が、降りしきる。
――数年前。
極道紅神組と、彼らと敵対関係にある組とで、抗争が勃発した。
その時、既に戦力に数えられていたのが、"龍"と"潤"だった。
彼らはその幼い容姿で敵を油断させ、絶大な戦闘能力で敵を蹴散らす、奇襲要員として、活躍していた。
しかし。
冷たい雨が降りしきる日。
視界の悪さと連戦の疲れ。
そして、油断の中で"龍"は怪我をした。
"潤"を庇っての事だった。
背後から襲いかかった凶刃に、"潤"は一歩、反応が遅れた。
そして、それに気付いた"龍"は形振り構わず、その凶刃を受けた。
それに"潤"が気付いた瞬間、持てる力全てを振るい敵を全滅させた。
圧勝だった。
"龍"の左目には傷痕が残り、その視力を失った。
"潤"は自分を責めた。
責めて責めて責めて。
自分を追い詰める"潤"を"龍"は見たくなかった。
そして、傷痕を隠すように、片側だけ前髪を伸ばした。
そして、今に至った。
しとしとと雨が降る。
皆にあの日を思い出させる、鎮静の雨が。
冷たいそれは皆の心を冷やし、傷口を抉る。
沁みる。
想いは人それぞれ。
その身に。
傷痕として残った記憶。
悔いる。
自身の無力さを味わう。
そして、守る事を決意した。
大切なものを守る為なら、罪でも犯そうと。
滴る水と広がる紅(アカ)の中で誓った。
その誓いは今も繋がる。
確固たる絆で。
2人の未来はその時、繋がった……。
END.